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side 直人
「……今日も検査するの?」
光が訝しげな顔で呟く。
「……ああ。いろいろと調べてみたいことがあってな」
「………」
「……もしかして、血液を採るのが怖いのか?」
「そっ…そんなことないよ!……もう小さい子供じゃないんだから…」
顔を赤くして怒る光。本当は検査が少し苦手なことを知っている俺は、強がる光が可愛くて、頭をそっと撫でた。
「……でも…最近、毎日のように検査だから…」
少し顔を曇らせて呟く。
「僕……悪くなってるの?」
不安そうに俺を見つめる光。
俺は、その手を引き寄せた。
「……そんなことない。自分でも体調が良いの、分かってるだろう?」
「……うん」
俺の手をぎゅっと掴み、俯いて小さく息を吐く。
「……それなら……兄さんもあんまり無理しないで…」
「…えっ?」
顔を上げた光が、俺の顔を見つめる。
「…兄さん……最近、疲れてるように見える……何度も言ってるけど……僕は、今のままで充分幸せだからね……」
「………」
「……僕のせいで、兄さんに何かあったら、困る……僕の大事な家族は、もう兄さんだけなんだから…」
「………」
「……兄さん?」
「……ああ。そうだな…」
俺は慌てて笑顔を作ると、光の手を離した。
……家族
光の言葉が、頭の中で繰り返される。
「……じゃあ。その大事な家族の為に検査だ」
わざと笑いながら、嫌そうな顔をする光の腕を捲った。
あの日から、光の薬造りに没頭していた。
あの花は、思った通りの効果を与えてくれそうだ。
……俺は、光にとって大事な家族
念をおされた一言に心が揺れる。
「……俺も……ずいぶん女々しいな」
あの日の2人を見て、もう諦めると決めたのに…
……光は大切な弟
最後まで、光を心配して亡くなった両親の為にも、俺はもう一度自分の心に蓋をした。
兄として……医者として……
光の病気を治して見せる。
そう誓ったのに……光の言葉1つに、ぐらつく心が情けなかった。
数日後……
家に帰ると、いつもなら食事の支度をして出迎えてくれる光の姿が見えない。
患者さんのカンファがあって、少し帰るのが遅くなった……
まだ、眠っているのか?まさか、体調が悪いのか?
慌てて光の部屋に行こうとした時、ダイニングテーブルに置かれた一枚のメモが目に入った。
『 少しだけ出掛けて来ます 』
出掛ける?
こんなことは、ここに越してきてから初めての事だ。
いったいどこに?
森へ?
でも、ただ森へ行くだけなら、こんな風に手紙を残したりするだろうか……
もしかして……
思わずカレンダーを確認する。
今日は金曜日じゃない。
でも……光が1人で出掛けるとは思えなかった。
……光
俺はスマホを取り出すと、光の名前をタップした。
持たせていて良かった………
スマホを買って、初めてそう思えた。
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