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side 直人
あの夜から、すっかり口数が減ってしまった光。いつも持ち歩いていたスマホを、手にしている姿を見なくなった。
夜も部屋に籠りがちで、あんなに好きだった温室にも足を向けなくなった。
「……光……今日は、何か好きなものでも買ってこようか?食べたい物あるか?」
「……う…ん。今は…いいかな。ありがとう…兄さん」
そう答えて、弱々しく微笑む。
東藤さんとの間に何があったのか……きっと、聞いても答えはしないだろう。
病気が分かった頃に、戻ってしまったような光。
こんなお前を見るくらいなら……
……金曜日。
いつも通り、東藤さんの診察を淡々とする。
「........ダンスの方はどうかな?」
「.....あの.....ちょっと....踊ってなくて」
歯切れの悪い返事。
「...........そうか」
「.....あの.....光さんは....元気ですか?」
意を決するように、熱のこもった瞳が俺を見つめる。
「......うん......あの子は....」
そう言いかけて、俺も彼を見つめ返した。
「.....東藤さん。こちらに来て貰うのは、今日で終わりにしましょう。
今の薬が身体に合っているようなので、あと数ヶ月は続けて飲んでください。
もし、体調が変わったり、薬がもっと必要になったら、ここに連絡をしてください」
言ってしまった……
きっと……光の為には、これでいい
俺は決意が揺らがないうちに、立ち上がり部屋の奥から大量の薬と、ルミエール研究所の電話番号が書かれたメモを渡す。
「えっ?でも....僕はまだ」
「....薬は効いてる筈です。貴方はまた踊りたくてここを訪れた筈だ。それが別の事で踊れなくなっているのではありませんか?」
「でも!」
「.....それは、光も望んでないと思うので...」
光の事を持ち出して、彼の口を封じた。項垂れ黙ったまま、俺に会釈をした彼が玄関に向かう。
……本当に…これでいいのか?
頭に浮かんだ疑問を振り払い、出ていく彼を見送ると、そのまま光の部屋に向かった。
ノックをしても返事がない部屋。扉を開けると、カーテンの隙間から、そっと外をうかがう光。
ぎゅっと、カーテンを握る手。今にもそれを開いて、彼に向かって飛び出して行きそうな横顔。
………駄目だ………行かせたくない
俺の中で何かが弾けた。
光を、自分の腕の中に引き寄せ抱き締める。
「.......兄さん」
「......」
何か言われるのが怖くて、さらに強く抱き締めた。
「......俺が居るから」
「.......」
腕の中で動かない光。
唇で光の髪に、頬に、首筋に触れる。一度弾けた想いは収まることを知らない。
「.....お前には、俺が居るから....」
着ていたシャツが、光の涙でじんわりと温かくなるのを感じる。
やっぱり離せない……
お前の為じゃない……俺の為に、彼を遠ざけた。
光……ごめん
俺は、片手で厚いカーテンの隙間を閉じた。
まるで……外の世界から光を隠すように……
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