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side 直人 「……どうぞ」 「……頂きます」 差し出されたグラスに口をつける。 久しぶりに味わうウイスキー。喉を通る熱さが、心地よかった。 「……美味しいです」 「……良かった」 微笑む佐伯さんは、研究所に来た時とまるで別人のようだった。 あの頃は、東藤さんを心配して、少し俺を疑って… 「……ここは、佐伯さんのお店なんですか?」 「……いえ。雇われてる身です。遥の足があんなことになった時、なるべく一緒に居てやりたくて始めた仕事なんですけど、性に合ってたみたいで、そのまま続けてます」 東藤さんの為に…… 何でもない事のように話す彼の言葉から、東藤さんを大事に思う気持ちが伝わってきた。 「………あの……東藤さんは、その後、踊ってますか?」 「……踊ってます……それはもう怖いくらいに」 「…………」 少し心配そうに苦笑いを浮かべる彼。 「……踊っているところを、どうしても見せたい人が居るらしいです」 その言葉に、穏やかだった心臓がドクンと音を立てた。 「……また、あんな風に踊れるようになるなんて、先生のおかげです。ありがとうございました。少し夢中になりすぎてますけどね……」 俺を真っ直ぐに見てそう言う彼から、思わず目を逸らし曖昧に頷く。 「……先生は、なぜ薬を造り始めたんですか?」 俺の様子に何かを感じたのか、彼が話題を変えた。 「………どうしても治したい人が居て…」 「……大切な人の為ですか…」 「……はい」 「……凄い事ですね。願っても…誰にでも出来ることじゃないし…」 「……でも………実は、まだ…」 「…………すみません…余計なことを聞いてしまって」 「…………いえ。…薬は…出来てるんです…でも……」 「…………」 「…………」 「……効果があるのか…試すのが怖くて……」 どうして彼にこんな話をしているのか分からなかった。誰かに聞いてほしかったのかも知れない。 黙ってただ聞いてくれる彼に、俺は話し続けた。 「……病気って、心もようがとても大事で……心が充実してる時は、薬の効果も凄く上がるんです。例えば、愛する人が側にいるとか、大切な人の為にとか……僕の薬は、それが顕著に現れる」 「…………」 「……つまり……あの子が、今……幸せなのか…それが分かってしまうのが……怖い」 カランと、溶けた氷がグラスの中で音をたてる。 「……愛してる人なんですね」 「………」 「……相手が幸せかどうか知るのが怖いなんて、その人を愛してるからでしょう………」 彼の一言に視界が滲んでいく。 俺は立ち上がると、鞄を手にした。 「………あの…帰ります。ごちそうさまでした」 頬を伝いそうな涙を堪え、出口に向かって歩く。 「……また……いつでも飲みに来てください」 背中に聞こえる優しい声に、軽く会釈をすると、俺は扉を開けた。
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