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side 遥
辿り着いたのは、古い洋館のような建物。その建物は、まるで誰かに見つかることを拒むかのように、ひっそりと山の中に建っていた。
「.....本当に此処か?」
駿兄さんが訝しげに尋ねる。
窓には幾つかの明かりが着いていて、無人ではないことだけが、少し心を落ち着かせてくれた。
門を潜り、広い庭を抜けると、大きな扉の前まで進む。
インターホンらしきものは何処にもなくて、僕はその扉をノックした。
2回ノックしても、何の反応も無い。僕は兄さんと顔を見合わせながら、もう一度強くノックする。
すると、扉の向こうで人が歩くような音が聞こえた後、静かにその扉が開かれた。
現れたのは背の高い、モデルの様な容姿の男の人。かけられた細い縁の眼鏡が、知的さを漂わせている。
「.....何か御用ですか?」
「......あの....ここは、ルミエール研究所ですか?」
「.......はい。そうですが.....」
「......僕....サイトを見たんです。それで.....」
「.......中にどうぞ」
僕の言葉を遮るように言うと、その人は僕達を中に招き入れた。
兄さんと恐る恐る中に入る。建物とこの人の雰囲気が非日常的で、少し腰が引けたからだ。
建物の中は、外観からは想像出来ないくらい現代的で驚く。
家とも病院とも違う感じに、戸惑いを隠せなかった。
「......こちらにどうぞ」
入って直ぐの場所にあったソファに促されると、テーブルを挟んで向かいにその人が腰掛けた。
「.........それで、ご用件というのは......」
「......薬の事です。僕の困り事を解決して欲しいんです」
僕は、急に発症した足の病気のこと。踊りのこと。舞台のこと。
この数ヵ月で溜まった胸の内をさらけ出した。
黙って、僕の顔を見ながら聞いていたその人。
「......お話は分かりました」
「.....じゃあ.....」
「....ただ.....私の造る薬は万能薬などと言われていますが、決してそんなことは無いんです。お客様の困り事を、少しでも解決出来るように薬は造ります。でも、その効果が表れるかどうかは、その人次第なので……」
「..............」
「......それでも薬が欲しいですか?」
眼鏡の奥から、僕を見る目が心意を確かめている。
「......それでも.....また踊れる可能性があるなら.....僕はそれに懸けてみたい.....」
「.....分かりました」
僕は大きく息を吐いた。
これで.....もしかしたら....僕の心に僅かな光が灯った気がした。
僕達の話が一段落着いたところで、ガチャと音を立てて奥の扉が開いた。
そこから現れたのは...........あの人だ。
近付いて来た彼は、あの時と同じように金色の髪をサラサラと揺らし、目の前にあるテーブルにお茶を出した。僕に向かって少しだけ口角を上げると、そのまま扉に向かって行ってしまう。
「....あ....あの」
思わず出た僕の声に、一瞬だけ振り向くと、僕に向かって人差し指を口の前で立てた。
「.......何か?」
目の前の人が、僕に向かって問い掛ける。
「.....あ....いえ.....何でもありません」
扉の向こうに消えたあの人はいったい....。
「....そう言えば、まだお名前もお聞きしてませんでした。私は、医師の 早瀬 直人 ( はやせ なおと )といいます」
「....僕は、東藤 遥 (とうどう はるか)です」
「遥 の従兄の 佐伯 駿 (さえき しゅん)です」
「.....それでは今後についてお話しましょう」
「はい。よろしくお願いします」
早瀬先生の話では、今後、僕にあった薬を造り出すのだという。
その為に、毎週ここに通い、その度に検査をして薬を調合することになるとの事だった。
「.....本当に良いんですね?」
最終確認をするように聞く先生。
「.....はい.....お願いします」
僕の返事を隣で聞いていた駿兄さんが、そっと僕の肩を抱いた。
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