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side 遥
毎週金曜日の陽が暮れる頃、僕の山道を登る生活が始まった。
夜にしか開いてないルミエール研究所。
いろんな謎が詰まったこの場所。
始めのうちは、駿兄さんも一緒に通ってくれた。毎回の検査と薬の調合。時間にすると2時間ぐらい。
通い続けて1ヶ月を過ぎる頃、僕の身体に変化がみられた。あの恐ろしい発作の様な痛みに、襲われることが無くなったのだ。
その変化に一番驚いていたのは駿兄さんで、頑なだった表情が少しずつ和らいで、早瀬先生と話をするようになった。
これならきっと……
その日、僕は1人で研究所を訪れていた。兄さんは、発作が起きなくなった僕を、1人で行動させてくれるようになったからだ。
いつものように検査が終わって、調合までの1時間程。僕は初めて、研究所の庭を歩いていた。
月明かりの中、風が木々を揺らして気持ちが良い。
久しぶりに見上げた月に、あの人の事を思い出した。
月に映えた金色の髪……
もう一度あの人に逢いたい。いつも心のどこかに、そんな気持ちを持っていた。
でも、あれ以来、あの人の姿を研究所で見かける事はなくて……
門から見えるよりも、ずっと奥まで広い庭を歩く。
「......こんなところに...何だろう?」
庭の片隅に見つけた建物。中から、ぼんやりとオレンジの明かりが見える。
そっと近づき中を覗く。温室?窓から見えるのはたくさんの草花。僕は誘われるように扉に手を掛けた。
「....うわぁ」
建物はやっぱり温室で、ふんわりと温かい。植物特有の香りが鼻を擽る。壁一面には、仄かに照らされたオレンジ色の電球が、沢山ぶら下がって、不思議な空間を造り出していた。
「......誰?」
温室の奥から声が聞こえた。
「.....あ...あの....ごめんなさい。勝手に入って」
僕が慌てて謝ると、奥から現れたのは、ずっと逢いたかったあの人だった。
「......こんばんは」
僕を見て安心したように微笑むと、そう言った。
「.......こんばんは。あの......あの時は、ありがとうございました」
「.....あぁ。あれは.....」
「.......僕は貴方に助けて貰わなければ、あのまま死んでいたかも知れません」
「.......大袈裟だよ。フフフフ」
彼は手に持った如雨露で、鉢に水を注ぎながら笑っている。
こんな風に笑うんだ……目を細め、身体を揺らしながら笑うから、また金色の髪がサラサラ揺れて、心臓がドクンと音を立てる。
「......僕の方こそ、あの時、僕の事黙っててくれてありがとう」
「.....いえ......そんな」
あの日もそう思ったけど.....柔らかそうな金の髪が、白い肌によく似合う。
僕よりも一回りぐらい小さく見える華奢な身体。白いシャツの袖から見える細い手首が、それを物語っていた。
「......足はどう?」
「.....少しずつ良くなってる気がします」
「.......兄さんの薬は、良く効くからね」
自慢気に呟いたのに、何故か少し寂しそうに見える横顔。
「......あの.....貴方は....早瀬先生の.....」
「.....僕は弟だよ。名前は光。早瀬 光 (はやせ ひかる) 」
「.....光さん......僕は 東藤 遥と言います。……早瀬先生の弟……」
「……ん?」
「……あっすみません…ちょっと驚いて……あまり似てないと言うか……先生とイメージが違うので」
「......ああ……似てると言われた事はないなぁ。僕達……血は繋がってないんだ。僕達の両親が僕達を連れて再婚したから……」
「......すみません。変なこと聞いて.....」
「.......別に変なことじゃ....遥くん....年は?僕は21歳」
「...僕は20歳です」
「.....1つ年下か....」
如雨露を置いた彼が、近くにあった丸椅子に腰掛ける。
さっきから光さんが醸し出す雰囲気が、ゆったりとしていて、僕の心も落ち着いていく。
「.....光さんも薬を造ってるんですか?」
「......えっ僕?……フフフ……僕は何も.....何もしてないよ」
そう言う彼は、やっぱりどこか......寂しそうに笑う。
「.....そろそろ終わるんじゃない?」
光さんの一言で腕時計に目を移すと、確かにそんな時間だった。
「.....また.....ここに来てもいいですか?」
僕がそう尋ねると、彼は声も出さずに小さく首を縦に振った。
やっと出逢えた.....僕の希望の光。
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