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side 遥
痛みが強くなって、もうどれくらい経ったんだろう....。
僕は、とうとうその場に座り込んでしまった。木の根元部分に背をつけて、何とか姿勢を整える。
タクシーを降りて、細い山道を登っている途中。急に痛みだした足。
周りには何もない。建物も人影も。おまけに携帯は圏外だ。
鬱蒼とした森の中。風も無い.....。
空にはもうすぐ満月を迎えるであろう月が輝いている。
このまま動けなかったら.....。最悪の事態が頭に浮かぶ。
そんな事を考えている最中も、容赦なく痛みは襲ってくる。
「....うっ.....」
あまりの痛みに、僕は思わず身体を丸めた。
「........どうしたの?」
突然、聞こえたその声に、僕は顔を上げた。
いつの間に現れたのか、目の前に男の人が立っていた。
月に照らされた金色の髪。透き通るような白い肌。少し幼さの残るその顔。
何故こんなところに?
この場所と彼があまりにミスマッチで、僕は言葉も出ずに彼を見つめていた。
「......痛いの?」
「.....は.....い」
「......兄さんのお客さんか....」
彼が何か納得したように呟く。
「.......んっ..」
その間も痛み続ける足に、少し朦朧とする意識。
「......う~ん。どうしようかな.....痛いよね.....。
でも....僕には運べそうにないし.....。兄さんを呼びに行ったら.....外に出たのがバレちゃう.....。う~ん」
僕の前でぶつぶつと独り言を言い始めた彼の顔が、ぼんやりとしてきた。
「......しょうがないよね」
そう呟いた彼が、僕の側に座り込んだ。
「.......あのね。僕が持ってる薬は即効性はあるけど持続性は無いの。持っても30分ぐらいかな。だから、今日は諦めて薬が効いてるうちに、山を降りて誰かに迎えに来て貰った方がいいよ」
彼はそう言うと、シャツのポケットから小さな瓶のような物を取り出した。
その瓶の上部をコンコンと指で弾き、パキッという音を立てて割ると、
「.......う~ん。ちゃんと飲み込めるかな...」
僕を見て首を傾げた。
少し考えた彼は、その瓶に入った液体を口に含むと、僕の両頬を小さな両手で持ち上げた。
次の瞬間、僕の唇に彼の唇が重なる。痛みで浅くなっていた呼吸。開いた唇の中に彼の口から液体が注ぎ込まれる。
抵抗する力もないまま何かを飲み込んだ。
僕の喉の動きを確認するように、開いたままの瞳。ゆっくりと離される唇。
「......これで、痛みは直ぐに引くから....」
彼はそう言って立ち上がると、あっという間に僕の前から走り去った。
重ねられた唇が、あまりに柔らかくて.......。
あの人はいったい........。
僕は痛みに耐えながら、彼が走り去った方向を、ずっと見つめるしかなかった。
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