11 奈菜との会話

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 一体、何が起きているのだろう。  訳もわからないまま、一輝はその光景を眺めていた。 「行こうか?」  男――Aが、奈菜に語り掛ける。彼女は静かに頷いた。 「待ってくれ……どこに行くつもりだ?」  一輝は必死に声を出そうとするが、うまく言葉が出てこない。  Aは答えなかった。奈菜も、もうこちらを見なかった。Aが奈菜を連れて行く。彼女は、まるでAに寄り添うように歩いていく。 (やめろ……その子に触るな……!)  一輝は心の中で叫ぶが、やはり声にはならなかった。  二人の姿が遠ざかっていく。このままでは取り返しのつかないことが起こる――そんな予感を感じながらも、一輝にはどうすることもできない。  最後にAが振り向いた。  彼の目は、こちらを嘲笑うかのように細められていた。  それから、どれくらいの時間が経過したのだろうか。気が付けば一輝は自室のベッドに横たわっていた。  全身にびっしょりと汗をかいており、心臓が激しく高鳴っている。 「奈菜?」  一輝は妹の名前を呼んだ。室内はシンと静まり返っており、家の中に人の気配はない。  今のは夢だったのだろうか。それとも現実だったのか。 (くそっ……頭が痛い)  一輝は頭を抑えながらもどうにか立ち上がる。 「奈菜……A……どこだ?」  一輝はふらふらとした足取りで家の中を歩き回る。台所やトイレ、浴室などを見て回ったが、二人の姿はどこにもなかった。  まさか妹は本当にあの男に連れ去られてしまったのではないか? 一輝は居ても立ってもいられなくなる。 「いや……そんな、馬鹿なことが」  一輝はスマホを手に取ると奈菜に電話を掛けた。  だが、何度掛けても応答はない。焦燥感ばかりが募る中、突然一件のメッセージが届いた。奈菜からだ。一輝はほっと胸を撫で下ろし、すぐにメッセージを読んだ。  けれどそこに綴られている文面を見た瞬間、全身から血の気が引いていくのを感じた。  突然のことでごめんなさい。  しばらくの間、私は兄さんの前から姿を消します。兄さんは、私のことなんて忘れてください。  私は大丈夫です。  今までありがとう。さようなら。 (なんだよそれ、どういうことなんだ!?)  混乱しつつも、一輝は返事を送る。  一体どういうことだ?  どこにいるんだ?  何かトラブルがあるのなら言ってくれ。  しばらくして、また奈菜からの返信が届いた。  突然のことでごめんなさい。私は大丈夫です。  わけあってしばらくの間、矢野さんのお世話になることになりました。心配しないでください。  矢野という名前が出てきて、一輝はドキリとした。  まさか、Aが奈菜に何かをしたのだろうか。一輝は再び奈菜にメッセージを送った。すぐに既読はついたけれど、返事はなかった。 「そんな」  一輝は思わず家を飛び出した。どこに行くべきか、どうしたらいいのか。何もわからないまま、一輝は街中を走り回る。  だがどれだけ探しても見つからない。 「奈菜……奈菜……!」  一輝はその場に崩れ落ちた。涙が零れ落ち、視界が霞んでいく。  どうしてこんなことになってしまったのか、彼にはわからなかった。ただ一つだけわかるのは、もう二度と妹に会えないかもしれないという絶望感だけだった。
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