傍観者

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傍観者

 翌朝、スズメはアンテナに吊り下がっていた。羽をばたつかせるのが精一杯で、体勢を立て直すことは最早不可能なまでに力尽きてしまった。仕舞いには、羽を動かす体力も失せ、だらりと両の羽を垂らしたまま逆さ吊りになった。時々、ピクリと体が痙攣(けいれん)したが、いつしか反射すらなくなり、唯々風任せに揺すられるだけの物体と化していった。  たまに、仲間たちは現れ、気紛れに突っついたり、ちょっかいをだすものもいたが、何の抵抗もしなくなったと見るや、見向きもされなくなった。  それから、また長い日数が経ち、季節は初夏へと移り変わり、もう雀たちはそこへは来ない。しかし、あの一羽は揺れ続ける。  スズメの体から命のしなやかな流れは失われ、腐り、干からび、ひと回りもふた回りも小さくなった肉塊へと変貌を遂げ、風任せに揺れるのみ。少し強い風が小刻みにアンテナを震わせると、無秩序な動きで張り詰めた紐は(むち)のように肉塊をパイプに叩きつける。と、遂には屋根を転げて地べたへと肉塊は落下した。  外へ出て、つがいも作らず子もなさず朽ち果てたスズメを探した。  (むくろ)はアパートの敷地内の土くれに紛れ、それが、かつて生命の確かな温もりであったことを悟らせぬほどに物質化したのだった。嘴だけが辛うじて何ものかを物語る存在の形見である。  視線を屋根に移した途端、胸底から噴出した血潮が一挙に頭頂へ上り詰めた。居ても立っても居られず、洗濯物が風に飛ばされてしまったなどと言いくるめて隣家の住人に脚立を借り、屋根に上らせてもらった。  アンテナに引っ掛かった紐を摘まんで目線に翳した。紐の先には切断された足が固く結ばれていた。それを見届けたら胸の高鳴りも凪ぎ、安心して脚立を下りた。  朝、目覚めてカーテンを開けると、自ずと目はアンテナを見た。窓際に立つ度に意識はそちらに向く。  幾日かが過ぎ、帰宅してひと息つくと、思い出したようにまた窓から外をうかがった。しばらくその場に佇んでから、浅く夕日の差し込む窓際を離れた。  そうして日増しに、意識も目も最早アンテナには向かなくなった。  アンテナの一端に黒い紐が下がっている。紐の先には干からびた足だけが絡みついて風に揺れている。      〈了〉
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