1.ナ行の棚

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1.ナ行の棚

 私には心から敬慕して“全読み”している商業作家の先生がふたり、おられます。ところで商業作家という言い方も独特ですよね。同人作家の対語でしょうか。創作活動を始めてから知りました。  お二方とも「ナ」で始まるお名前。書店に行くと必ず「ナ行」の棚を舐めるようにチェックします。ぺろぺろ。べろべろーん。  新刊、単行本、文庫本、出版社別の棚、平積み、棚差し、ぜんぶ。  おひとりは、中野京子先生。  もうおひとりは、長野まゆみ先生。  ここではとりわけ、長野まゆみ先生について熱くお話ししたい気分です……よかったらお付き合いください…… ◆  長野先生はBL作家ではありません。先生の本が並ぶのは一般文芸の棚です。私が日ごろから「一般文芸でエンカウントするBLが大好き」と叫んでいるのは、長野先生が、男どうしの恋愛と色艶を膨大に描きながらなお一般文芸の作家だからです。  私が拙いながらカタチにした自作品で言えば、たとえば「単焦点で50mm.」「君の二十歳の誕生日」の主人公である一彦&白川先生の雰囲気は、いくつもの長野作品に登場する生徒&教師の関係性に憧れて書いちゃった。  その他の自作品でも、長野先生がお書きになる少年や青年たちの、端正で潔癖なイメージをいつも頭の片隅に置きながら「彼らがこんなふうに恋愛してくれたら……」とか思いながら書きました。だってもう好きすぎて(崩れ落ちる)。  ここに長野まゆみ先生の『野川』という作品があります。すこし引用させていただきましょう。青少年読書感想文全国コンクールの課題図書にもなった名作です。中学の先輩後輩という間柄にある少年二人、音和(おとわ)君と吉岡(よしおか)先輩が会話するシーン。いいですか、これは、読書感想文の課題図書ですよ――。 --<引用ここから>-------------------------- 「これ、なにに見える?」  どこの線路ぎわにもあるような、コンクリートの角柱のひとつにすぎない。まわりには同じ規格の柱がならんでいる。音和にはそれだけがどこか特別であるようには思えなかった。 「直感でいい。……ただし、男根とか云うなよ。そういう話をしにきたんじゃないから。」 「そんなこと、考えつきませんでした。云われるまでは。」 「似たようなものではあるけれど。」  (中略) 「……どうしてあんなのを墓標にしたんだろうな。自分の持ちものが小さいと白状しているようなものだよ。」  その軽口に、いくらかおくれて反応した音和を、吉岡が非難した。 「すぐに気づけよ。云ったほうが恥ずかしくなるじゃないか。」 「まじめな話だと思っていたのに、」 「まじめだよ。身のほどを知っておけということさ。それと、」  吉岡はわざとひと呼吸おいた。そうして笑みになる。 「おれなら、もっと頑丈でしぶといのを選ぶよ。自分にふさわしいように。」  こんどは音和も笑い声をたてた。 「笑ったな。」 「真顔で云うから、」 --<引用ここまで>-------------------------- 長野まゆみ『野川』河出文庫刊  男根。  自分の持ちもの。  ……ん!?  もう一度いいますが、これは課題図書です。  もうさ、もうさ……、初読時の印象をいいあらわすならば、品行方正なクラス委員に理科準備室に呼ばれたのでワクワクしながら行ってみたら、いきなり壁ドンで迫られて僕(モブ生徒)の心臓が口から飛び出たというのに、彼は何もせずニヤッと笑って部屋を出ていってしまった……みたいなドッキドキの香りでして。  もちろん音和君と吉岡先輩は色恋関係にはありません。この作品もBLではありません。それでも、ほんの一瞬だけフッと鼻先をかすめる、ほのかな毒のような危うい匂いが……ッ!んおおおおっ(悶え転げる)  この作品には、ほかにも男性教師と男子生徒、父と息子、兄と弟といった関係性――長野作品に繰り返し出てくる――が魅力的に描かれています。いっぷう変わった国語教師の河井先生や、音和君のお父さんもまた、毒と蜜と分別をきっちり持ち合わせた、私の理想の男性像で(もう止まんなくなっちゃうから自制します)。  河井先生が生徒に話して聞かせる「関東平野の話」はまさに圧巻のひと言ですし、「先生とおなじかそれ以上にかっこうがよくて」と同級生男子に評される音和君のお父さんが、息子と初めて心を通わすシーンなどは何度読んでも目頭が熱くなっt(くっ、止まらん)  青少年に課題図書として与えるに値する「まっとうさ」と「成長物語」をオモテの顔として確かに持ちながら、私のような古参のファンにとっては裏読みができて、ほのかに男どうしのあれやこれやを妄想できるという、まさに稀有な作品であります。  もうひとつ、最近完結させた「ソロモンと猫」も、長野作品に全力でオマージュを捧げた一本です。もうちょっとお話ししてもいいですか……。
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