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酔ったフリ
それからあとは、私は私の周りの人とばかり話をして盛り上がる。駿のことなんかまるで気にもとめていないフリをして。
「すずちゃんってさ、ホント可愛いよね?最初に職場に来たときから話題だったんだよ」
「え?ありがとうございます、そんなふうに言ってもらえてうれしいです」
“可愛い”と言われて“そんなことないです”と謙遜するのはマイナス効果だ。そう言われたことがない女子から見たら、明らかに嫌味にしか聞こえないから。
「ね、この後、二次会行くんだけど、すずちゃんもどう?」
「二次会ですか…どうしようかなぁ?」
駿の方に背中を向けたまま、駿のこの後の行動をうかがう。あっちも二次会の話をしているようだ。
「少しだけなら、行こうかな?」
「やった、そうこなくちゃ」
二次会はカラオケかダーツバーになるようだ。そこそこで一店めを切り上げて、二次会へ向かう。
「カラオケ、予約入れたって。行ける人はどうぞ」
倉本が案内している。ガヤガヤとお店を出たところで、少しつまづいたように見せて、駿と並ぶ位置を取る。
「おっと、大丈夫?すずちゃん」
駿が声をかけてくれる。狙った通りだ。
「あ、ごめんなさい、酔っちゃったのかな?」
「肩、貸そうか?」
「大丈夫ですよ、すぐそこですよね?歩けますよ」
「そっか、ならいいけど」
___まだ早いから
みんながカラオケに集中している頃、こっそりと抜け出さなければ。
チェーン店のカラオケでは、そこそこに盛り上がって楽しんだ。薄暗く大きなボリュームで周りの人が何をしているかなんて、わからない。歌ったりお手洗いに行ったりしてあちこち座席も変わる。そうやって、少しずつ偶然を装って駿の隣に座った。
「どう?すずちゃん、楽しんでる?」
カラオケの音に負けないように、私の耳元で駿が言う。
「はい、楽しいです…でも…」
そうやって意味深に腕時計を確かめる。
「そろそろ私、帰らないと……」
そう言って、そっと立ち去る……フリをする。そして、少しだけ足がもつれたように、ちょっとだけ駿にもたれる。
「あ、すみません」
「危なっかしいなぁ…」
添えられた手をそっと握り返し、倉本に帰ることを告げ、そのままカラオケルームを後にする。
ゆっくりと、駅に向かって歩いていく。
___ゆっくりと
しばらく歩いたところで、後ろから足音がすることに気づいた。
___きた!
それでも知らないフリをして歩く。
「待って!すずちゃん」
ぽんと肩を叩かれて、驚いたけれど。
「あれ!萩原さん、どうしたんですか?」
「送っていくよ、なんか、その…心配だし」
「あ、じゃあ、駅まで…」
フワッと肩を抱かれた。メンズの香水の匂いとお酒のニオイがした。
「もっと、先まで、ね?」
駿は私の肩を抱いたまま、道路側に寄るとタクシーを停めた。
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