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まだ。
「境町のエトランゼまで」
駿が運転手に行き先を告げる。エトランゼは少し郊外にあるラブホテルの名前だ。
「あ、あの、萩原さん、私もう帰らないと」
「まだいいじゃん?」
「いえ、ホントに困るんです。だから…」
「えー、そうなの?どうしても?」
「はい、すみません」
ここはまだ、簡単に駿とそういうことをしてはいけない。軽い女だと思われたくない。それに今、この状況でセックスしたとしても、花梨には勝てない。“酒を飲んでの勢いで、ただの遊びだ”と駿が花梨に謝って終わりになる。そうなれば私はただ遊ばれただけの女だ。それは絶対に避けたい。
私が花梨に勝つためには、駿の恋人の座を花梨から奪うことだ。
「そっか。なんかすずちゃんとだったら楽しい時間が過ごせると思ったのにな。ま、仕方ないか。じゃあ、ごめん、一番近い駅に行ってくれる?」
同じ会社だから、トラブルになることは避けたいのだろう。あっさりと引き下がってくれた。
駿が行き先を変える。
「桜川駅でいいですか?」
「いい?すずちゃん」
「はい、大丈夫です」
タクシーが駅に向かって走り出した。ちょうどその時、ブーンと駿のスマホが鳴る。
「ちぇっ!ったく。ちょっとごめん」
「あ、どうぞ」
私に気をつかってなのか、窓の方を向いて電話に出る駿。
___この感じだともしかして?
「…あ、うん、もうすぐ帰る。わかった、鍵は開けといて、うん」
スマホをポケットにしまいながら、私には苦笑いを見せる。
「…あの、もしかして…彼女さん?」
「あ、知ってた?そう。こういう時なんか面倒だよね?飲み会くらいほっといてくれていいのにさ」
「みんなが噂してたましたから。とても綺麗な彼女さんがいるって。やっぱり、心配なんじゃないですか?萩原さんは素敵ですから」
「素敵とか言ってくれるのにあっさり誘いを断ってくれたじゃん?すずちゃんは」
「萩原さんは素敵ですが、みんなが認める彼女さんがいるのに私が横入りなんてできませんよ。こう見えて私、好きになったら一途なので不倫みたいな関係になるのは、イヤなんです」
「そうか、すずちゃんは一途なんだ…。あー、このまま結婚とかになったら息が詰まるわ」
駿は花梨の存在を、うれしくは思っていないようだ。
___これなら、いける!
徐々に近づいて、完璧に駿を私のものにすることにした。駿が欲しいのか花梨の泣き顔が見たいのか、もうどっちでもよかった。
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