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名刺
カラオケ帰りにタクシーで送ってもらってから、会社の中で駿の視線を感じることが多くなった。簡単に誘いにのらなかったことで、男としての狩猟本能に火がついたのかもしれない。
そして、そんな駿の気をさらにこちらに向けるために、私は足繁く営業部へと向かう。駿の行動は、それとなく倉本に確認しているから、外回りをしてるのか、内勤で企画開発にいるかほとんど把握できている。
「おはよう、芳川さん。今日も書類回収ありがとう」
倉本が声を掛けてくる。
___あなたに用事はないのだけど
「おはようございます。先日はお疲れ様でした。まだ、ちゃんとお礼を言っていなかったので」
「こちらこそ、また何か企画したら参加してね」
「はい、時間が合えばぜひ!」
そうやって倉本と話している間も、駿がどこにいてどこを見ているか、私のセンサーは敏感に読み取る。
___あ、きた?
「よぉ、倉本、また何かやってくれるの?だったらさ、カクテルの美味い店紹介するよ」
「カクテルですか?僕もそっちの方がいいから、よろしくお願いします」
「あのな、倉本。カクテルはな、すずちゃんみたいな可愛い子が飲むから絵になるんだぞ。な、すずちゃん」
「そんなことは…。でも、私もカクテル好きです。できれば私のイメージでオリジナルで作ってくれるバーテンダーさんがいたりしたら、素敵ですね」
「お?じゃ、ちょっと調べとくよ」
「楽しみにしてますね、じゃ、戻ります」
ここはそっけなく、対応する。そうすれば多分…。
営業部を出てエレベーターの前に来たとき、駿が足早に追いかけてきたのがわかった。
「萩原さんは何階ですか?」
「いや、コレ、渡したくて追いかけてきただけ」
そう言って私の前に出してきたのは、名刺。
「仕事用もプライベートも同じスマホだから、登録しといて。じゃ」
「え?あ、あの…」
___これで電話番号はゲット!
あとはしばらくしてから、電話をかける。仕事の用事を口実にして。そこからうまくいけばLINEでも連絡が取れるようになる。
やっと降りてきたエレベーターに乗ろうとしたら、倉本が追いかけてきた。
「芳川さん、いつにする?」
「え?」
「今度食事でもって、ほら…」
忘れてた。倉本から駿の行動を聞き出すために、そんなことを口走った気がする。
「しばらく忙しいから、また連絡しますね」
「わかった、待ってる」
私だけがエレベーターに乗り込んだ。
___あなたは駿のGPSだけやってくれてたら、それでいいんだよ
ポケットに入れていた駿の名刺を、落とさないようにスマホケースにしまった。
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