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花梨との出会い
新人研修での講師の1人が篠原花梨だった。講師としてみんなの前に立つ花梨は、フレーバーで言えばミントのような清々しさも漂わせていて、それは私にはないものだった。
___いいなぁ、身長も高いし
カッコいいなと思ったのが篠原花梨という女性の第一印象。
汗を流してまで外歩きをしたくなかった私は、営業課ではなく秘書課が希望だったのだけど。
「秘書課を希望するにしても、営業課の仕事も経験しておいた方がいいので…」
とかなんとかいう理由で、名刺交換の練習までさせられた。
「では、芳川すずさん、前に出てやってみてください」
名前を呼ばれ前に出て、研修を見ている偉い人と直接名刺交換をするように言われた。私の前にいたのは、総務部長らしい。
「はじめまして、このたび御社を担当させていただくことになりました芳川と申します」
名刺を差し出しながら、頭を下げる。
「一度相手と目を合わせてから、頭を下げて。それから自分の会社の名前を先に言ってくださいね」
「……芳川と言い…きゃっ!!」
もう一度やろうとして、頭を下げる時にバランスを崩して横に倒れ込んでしまった。少しでも背を高く見せたくて、7センチのヒールを履いてきていたことを忘れていた。
「きゃあっ!」
制服のスカートは可愛く見えるように短くしていたから、倒れ込んだ拍子に太腿までが露わになっている。その時、名刺を持ったままの総務部長の後ろでスマホをこちらに向けていた営業部長が見えた。
「痴漢!最低!!エロ親父!!」
あのスマホの向きは、絶対私のスカートの中を撮影していたに決まっている!そう思ったら叫ぶのを止められなかった。
「え、あ、違うから!取引先からのメールを読んでいただ……」
「いいえ!私の方にカメラをむけていたじゃないですかっ!!」
「大丈夫?芳川さん、とりあえず立ち上がりましょ、ね?」
バタバタと足音がして、ドアが開いて通りがかりの社員たちも入ってきた。
「どうしたんですか?何かありましたか?」
花梨に支えられて、立ち上がる。他の新入社員は、私たちを遠巻きに見ているだけだ。いくら痴漢行為だとしても部長たちを責めるわけにはいかないということだろうか。
「いえ、ちょっと……」
花梨がその場をおさめようとしている。いくら部長だからって、許してはいけない。
「今撮っていた画像、証拠として出してください!」
「え?だからこれは…」
言い訳をしようとしている営業部長。七三に分けた少なめの髪、窮屈になったからボタンが留められないスーツの上着、汗ばんでいる額、どこをとっても痴漢に決まっている。
「待って!痴漢だと決めつけないで、芳川さん。部長、ちょっと申し訳ありませんが…」
営業部長からスマホを借りて、私にその画面を見せてきた。
“先日のお見積もりの件で、ご連絡をさせていただきました………”
あきらかに、仕事のメールだった。
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