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計略
ガチャリと音がして、玄関から誰かが入ってきた。リビングでバサッとバッグのようなものが落ちる音がして、足音が近づく。明らかな人の気配を感じながら、私はブラウスを脱いで、さらに男との行為を続ける。
パチン!
ドアが開くと同時に、照明がつけられた。
薄暗い部屋で、ねっとりとした口づけを重ねていた私には、その明るさが眩しすぎて抱き合っていた男の胸に顔を埋めた。
「な、なに!なにしてるの!駿!その女は誰なの!!」
悲鳴にも似た声で、この事態の説明を求める女性。
「…んだよ、うっせぇな!」
「ちゃんと説明してよ、ここは駿と私の部屋でしょ?なんでここでそんなことしてるのよ!」
「はぁ?俺の部屋にお前が住み始めただけだろうが!ここは俺の部屋だ、文句があるなら出ていけ!」
「……」
少しの間があった。
「わかったわよ、もう終わりってことよね?後悔しても知らないんだから!」
「いいから、さっさと出て行けよ、残ってる荷物は後で送り返すから」
「そんなの、もういらないから捨てといて。これもお返しするから、その子にでもあげなさいよ!」
チャリンと音がしてアクアマリンの指輪が床に転がった。コロコロ転がった先をこっそり目で追う。いつか拾っておいて転売でもするために。指輪は部屋の隅で動きを止めたことを確認した。
「駿ちゃん…、怖い…」
できるだけ可愛らしく、男の腕の中で震えてみせる。
「あー、ちょっと辛抱な、あんなのすぐいなくなるから。ほら、用が済んだら早く行けよ」
すらりと背の高い女が、男の背中越しにこちらを見ている。怒っているのか泣いているのかわからないその表情に向かって、勝ち誇った笑みを見せてやる。
___この男、萩原駿は、この芳川すずがいただいたわ
クローゼットからキャリーケースを出して、服やメイク用品らしいものを片っ端から詰め込む女性は、篠原花梨。駿の同棲相手だ。私は男の腕の中で、ことの成り行きをじっと見ていることにする。
花梨がパチンパチンとキャリーケースを閉めたあと、ビュンと何かが飛んできて駿の背中に命中した。床に落ちたそれは、この部屋の合鍵のようだ。
「いてっ!何するんだよ!」
駿が立ち上がって追いかけようとした時、花梨は逃げるようにこの部屋から出て行った。キャリーケースの音と足音が遠くなっていく。
___勝った!
「さぁ、これでもう邪魔者はいなくなったよ。これ、いる?」
駿は、落ちていた合鍵を私の目の前に差し出した。
「え?本当にいいんですか?あの…私がここにいても」
「もちろん!最近、あいつといるの、窮屈だったんだよね。なんていうの?奥さんみたいな言い方?まだ結婚てやつ、したくなかったしさ」
ヨイショと、私を膝の上に乗せ、髪を優しく撫でてくれる。
「私、ずっと萩原さんのことが好きで、彼女さんのことが羨ましかったんです。ホントに私でいいんですか?」
「俺は、すずちゃんがいいの。だから、ね?」
首筋から胸元へと駿の唇が降りてくる。
「あ…うれしいです、萩原…さん…」
「駿って呼んでよ、すず」
「駿…」
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