58人が本棚に入れています
本棚に追加
ノビルに置いていかれないように必死にダッシュした。
隣に並びこむようにして、青山くんは「すげえな、お前」と息を切らしながら笑った。
「止まれ! いいこだ、ノビル!」
青山くんの声を合図に、ノビルはようやく走るのを辞めてくれた。
「おまえ、すっげえ足速いんだな」
「まあ、うん、小学校の時は陸上部だった。けど、えっと青山くんも足速いよね?」
「まあまあじゃん? つうか、キラでいいから」
「え?」
「青山くんって呼ぶの先生くらいだし、苗字呼びとか慣れてないから気持ち悪い。うちの学校、皆下の名前で呼ぶんだよ」
「ん、じゃ、キラ、くん?」
「くん、いらねえ。だったら、あんたでいいや」
「じゃあ、私もキラリでいいよ。それならキラって呼ぶ」
一瞬、驚いた顔をしてから、初めて私に対して笑ったキラ。
釣られて私も笑顔になった。
「真希さんに、孫がいるなんて、ついこの間まで知らなかったんだ、俺。いつ来るのかもわかってなかったし。だから朝お前が窓から顔出してビックリして」
「そっか、今朝はごめん。まさか、人がいると思わなくって」
やっぱり、犬ドロボーは言いすぎた。
「だけど、今まで全然顔出してないだろ? 真希さんのとこに。俺、ずっと隣の家に住んでるど、おまえのこと一回も見かけたことない」
「うーん……、私も知らなかったんだよ、おばあちゃんの存在。ついこの間まで」
「は? どういうことだよ」
「うちのママとおばあちゃん、私が生まれた頃に大げんかして、それっきり会ってなかったんだって。一生、会うつもりなかったから黙ってたみたいだけど、さ。ママが病気になって、しばらく入院することになって、それでおばあちゃんを頼ったみたい」
私の話に、彼は困ったような、なんとも言えない表情を浮かべて。
「母ちゃん、大丈夫なのか?」
私にノビルのリードを持つのを交代しようと手を伸ばした彼に、素直に従って手渡した。
「うん、大丈夫だって。手術も成功したし。毎日、メッセージくるよ、案外元気みたい」
ハハっと笑って見せたら。
「そっか、それなら良かったな」
と嬉しそうに何度も何度も頷いていた。
一か月前に急に決まった私の引っ越し。
その理由をこの町の人たちの、どれぐらいが知っているのだろうか?
「ねえ、聞いてくれる?」
ずっと誰かに聞いて欲しかったのだ。
前の学校の友達にも言えなかった、おばあちゃんとママのこと。
私たちの奇妙な関係のことを。
キラなら誰にも話さないんじゃないかって、さっきの笑顔を見てそう思ったんだ。
最初のコメントを投稿しよう!