六月十三日月曜日 晴天「ハジマリの日」

14/14
前へ
/101ページ
次へ
 ノビルに置いていかれないように必死にダッシュした。  隣に並びこむようにして、青山くんは「すげえな、お前」と息を切らしながら笑った。 「止まれ! いいこだ、ノビル!」  青山くんの声を合図に、ノビルはようやく走るのを辞めてくれた。 「おまえ、すっげえ足速いんだな」 「まあ、うん、小学校の時は陸上部だった。けど、えっと青山くんも足速いよね?」 「まあまあじゃん? つうか、キラでいいから」 「え?」 「青山くんって呼ぶの先生くらいだし、苗字呼びとか慣れてないから気持ち悪い。うちの学校、皆下の名前で呼ぶんだよ」 「ん、じゃ、キラ、くん?」 「くん、いらねえ。だったら、あんたでいいや」 「じゃあ、私もキラリでいいよ。それならキラって呼ぶ」  一瞬、驚いた顔をしてから、初めて私に対して笑ったキラ。  釣られて私も笑顔になった。 「真希さんに、孫がいるなんて、ついこの間まで知らなかったんだ、俺。いつ来るのかもわかってなかったし。だから朝お前が窓から顔出してビックリして」 「そっか、今朝はごめん。まさか、人がいると思わなくって」  やっぱり、犬ドロボーは言いすぎた。 「だけど、今まで全然顔出してないだろ? 真希さんのとこに。俺、ずっと隣の家に住んでるど、おまえのこと一回も見かけたことない」 「うーん……、私も知らなかったんだよ、おばあちゃんの存在。ついこの間まで」 「は? どういうことだよ」 「うちのママとおばあちゃん、私が生まれた頃に大げんかして、それっきり会ってなかったんだって。一生、会うつもりなかったから黙ってたみたいだけど、さ。ママが病気になって、しばらく入院することになって、それでおばあちゃんを頼ったみたい」    私の話に、彼は困ったような、なんとも言えない表情を浮かべて。 「母ちゃん、大丈夫なのか?」  私にノビルのリードを持つのを交代しようと手を伸ばした彼に、素直に従って手渡した。 「うん、大丈夫だって。手術も成功したし。毎日、メッセージくるよ、案外元気みたい」  ハハっと笑って見せたら。 「そっか、それなら良かったな」  と嬉しそうに何度も何度も頷いていた。  一か月前に急に決まった私の引っ越し。  その理由をこの町の人たちの、どれぐらいが知っているのだろうか? 「ねえ、聞いてくれる?」  ずっと誰かに聞いて欲しかったのだ。  前の学校の友達にも言えなかった、おばあちゃんとママのこと。  私たちの奇妙な関係のことを。  キラなら誰にも話さないんじゃないかって、さっきの笑顔を見てそう思ったんだ。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加