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「うぜえ」
もう尾崎さんには聞こえるわけでもないのに、青山くんは不機嫌そうな声でそうつぶやいた。
私は何も聞こえなかったフリで、鞄の中から筆箱を出す。
「犬ドロボーなんかじゃねえから」
「そうですか」
まあ隣に住んでるし、おばあちゃんも知り合いっぽいこと言ってたから、きっとそうなんだろう。
どうでもいいけど、感じの悪い人とはあまり話したくはない。
犬ドロボーじゃないからと言って謝る気もない。
だって勝手に人の家の庭に入ってきてるのは、例えおばあちゃんの知り合いであれど、私にとっては知らない人だったもの。
本当に警察に連絡してても、おかしくはない状況だったんだからね?
それをしなかっただけ、感謝してほしいわ!
心の中で大きく舌を出す。
「ノビルの散歩は俺の役目なんだよ」
ノビル?
無視しようとしたけれど、どうしても気になった。
「ノビルって、なに?」
「犬だろ、お前ん家の」
お前ん家の、犬? あの、茶色い子? 伸だよね? も、もしかして!?
「シンじゃないの? あの犬の名前、ノビルって読むの?」
「おまえ……、マジで知らなかったわけ?」
孫の癖にと言われているみたいな冷たい視線に、少し苛ついて返事をすることなく一時限目の数学の教科書を机から出す。
仕方ないじゃん、孫って言ったって、生まれてからまだ三回しか会ったことないんだもん。
おじいちゃんには生まれた頃に会っただけだというから、全く覚えてなんかないし。
そもそも、おばあちゃんという存在だって、つい先月まで知らなかったんだもん。
ノビルのことだって、まだ一度も撫でたこともない。
撫でてみたいけど、アパート暮らしだった私には生き物とどう触れ合っていいのかもわからないのだ。
「とにかく、俺はノビルとも真希さんとも仲がいいの。それだけは覚えておけよ、犬ドロボーなんて二度と呼ぶなよ」
うざっ!
さっき、青山くんがつぶやいた言葉と同じものを吐き出しかけて、慌てて飲み込んだ。
私だって、側にいたら、もっとずっと、ノビルとも仲良しだったのに!
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