9人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
第三話 料理人の苦悩
ずっと憧れていた凄腕の魔術師、百合沢静香。
私は魔術師の家系に生まれ育ったが、一族の中では極めて魔力量が少なく、「無能」だの「一族の面汚し」と家族からは馬鹿にされてきた。
そんな学生時代、名を馳せていたのが彼女だ。
一族を見返し、彼女の様になってやると魔術を必死に勉強したが、思う様に成果は出なかった。
かろうじてできる様になったのが、初級難易度魔術の手の平に火を灯す事くらいだったが殆ど役には立たない。
魔力を消費しなくてよい分ライターを携帯した方が幾分かマシなレベルだ。
それに比べ、彼女の能力は私にとって「奇跡」や「万能」と見分けなどつかない。
そんな風に考えていたからか、よく彼女の魔具のお世話になっていた。
魔力の封じられた包丁に、フライパン、鍋…料理が好きだった私は彼女によって強化された調理魔具をとにかく愛用した。
そのおかげで趣味としか思っていなかった料理が物凄いスピードで上達し、グルメ雑誌で特集を組まれる程にまでなっていた。
百合沢静香の魔具があったからこそカリスマオーナーシェフなどと、もて囃されるようになったのは紛れもない事実だ。
生きる道を示してくれた彼女に、どうにかして感謝の気持ちを伝えられないだろうか?
そう思った私は以前ネット記事の取材で好きだと言っていた「瀬戸内レモン」と「讃岐サーモン」を使った料理を考案した。
いつか機会があれば、食べてもらえる様に…。
万人受けを狙ったものは抽象的であまり人気が出ず、誰か特定の人に食べて欲しいとイメージして考案した作品はみるみる人気となる。
好きだと言われた食材を用いた料理を創作するのは非常に簡単である。
彼女の魔力が封じられた調理魔具は、こめられる使用者の心が味に反映されるという特性を持っており、百合沢静香を想って作った料理が不味くなるはずがない。
改めて考えると、努力しても上達しなかった魔術にいら立ちと焦りを感じていた頃、キッチンに立つ時だけは嫌なことを全て忘れる事ができた。
料理は私にとって救いで、何より楽しかった。
「料理が好き」という気持ちで彼女の魔具を使っていたのだから特性上美味しくならない訳も、上手にならない訳もなかったと言えるだろう。
しかしそんな私も最近になって、とある問題に悩まされている。
自分の存在を証明しようと、家族を顧みず働き詰めになってしまった事で家庭環境は崩壊した。
最初のコメントを投稿しよう!