第四話 憧れの大魔術師

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第四話 憧れの大魔術師

 大通りから一本入った薄暗い路地を百五十メートル程直進し、四つ角を右折すると左手にその店「アルス・マグナ」の文字を刻むロゴが目に飛び込んでくる。  本当に彼女らしい名前だなとクスッと笑ってしまう。 「アルス・マグナ」とはラテン語で「大いなる芸術」という意味だ。  電化製品では解決できない問題に対応できる彼女の魔具は間違いなく「芸術」と言えるだろう。  そういう意味でこの店名は妥当だ。  外見はレトロな喫茶店の様にも見えるが、間違いなくあの凄腕の魔術師百合沢静香の魔具店である。  しかしあくまでも一方的な憧れであって、彼女には会った事も話した事もない。  緊張のため凄い手汗で、入り口のドアハンドルを握ると深呼吸をしてからゆっくりと開く。 「いらっしゃいませ。  どの様な魔具をお探しでしょうか?」  幼少期からずっと憧れ続けた百合沢静香という大魔術師が私の目の前に居る。  飛び跳ねそうに早く動く心臓を感じながら彼女に話しかける。  「ここなら、フルオーダーで客の希望通りの物を作ってくれると聞いてきたのだけれど」  私が幼かった頃、魔具はもっと一般的に使われていたためフルオーダーではなく既製品として色んなショップで販売されていた。  調理魔具はお小遣いを必死に貯めて買ったものであるが、私がそれを愛用している事を彼女が知る筈もない。 「はい、こちらで承っております。  どの様な物をお探しかおっしゃっていただければ…」  無言で頷くと、今のこの状況を何と伝えればよいのだろうかと考えながらテーブルに着く。 「珈琲か紅茶は如何でしょうか?」  深呼吸…深呼吸…。 「では珈琲を…」  彼女が入れてくれるのだ…飲まない訳にはいかない。 「ミルクと砂糖はどういたしましょう?」  テーブルに置かれたミルクを取る。  普段はブラックなのだが、今はどう話してよいのか分からず悩んでいるため、落ち着くためにも糖分が必要なのは言うまでもない。 「両方いただきます」  シュガーポットからスプーン一杯…。  いや、二杯…、三杯いただこう。 「お話を伺う前に言っておかなくてはならない事があるのですが、魔術は万能ではありませんのでそこは分かっていただかなくてはなりません…」  何をおっしゃっているのだ、謙遜は止めていただきたい。  私は、あなたの万能以外に表現のしようがない魔術によって人生を救われたのだ…。  そう思っていた所で完全に否定してしまえば角が立つ。  肯定しつつ初級難易度魔術しか使えないド素人だという事をアピールしておこう。
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