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1・私がお話することになりました。
またいつか、の話を私にしてほしいと? あの……恥ずかしいんですが。どうしても話さないと駄目…… え? 何ですか望月君。空白の半年間の話を皆さんが待っている? それよりオレはまだ二人の馴れ初めを聞いていない? なんで望月君に話さなければいけないんですか。ところで皆さんて誰です?
「望月、調子乗りすぎだお前。カヲルさんがそんなこと喋るわけ……」
「仕方ないですね、分かりました。経緯を述べるだけですよ? 良いですね?」
「カッカッカヲルさん!?」
望月君、立ち上がって拍手をするのはやめて下さい。洞木君も落ち着いて。
洞木君がシンガポールに転勤してからの出来事と、現在の状況を話すだけでいいんでしょう? 皆さんが誰かは存じませんが、報告の必要性があるならば話さない訳にはいきませんから。ですが、あくまでもお待ちいただいている方に対してですからね、望月君。
「分かりました! お二人の馴れ初めについては、洞木に直接聞きます!」
「誰がお前に話すかよ」
「えええ、何でだよぉ」
「そんな事よりまずは乾杯をしましょう。今夜は望月君と洞木君、二人の昇進祝いが本来の目的なんですから」
のっけから騒がしくて申し訳ない。三人でこうして会食をするのも久しぶりの事で、特にこの二人──望月君と洞木君はずっと忙しく顔も合わせていなかったようなので、暫くの間お許し願いたい。
洞木君は……、二年間のシンガポール赴任を終えて本社勤務に戻っており……、私のマンションで二人暮らしを始めた……ので……、毎日……その……、顔は合わせているのだけれども……。
ああ、本当に私が話さなければいけないのだろうか。とても恥ずかしい。
私の葛藤をよそに、二人は和気藹々と新しい肩書のついた名刺を交換し合っている。
望月君は開発部アジア事業グループ、去年課長から昇進した八代部長の直属チームのリーダーを務めている。
そして洞木君の方はと言えば、二年のシンガポール赴任を経て営業部海外推進グループの主任(マネージャー)に抜擢された。営業部内だけでなく、海外事業に携わる他部署との調整役も担う重要なポジションである。
「望月君、チームリーダーへの昇格おめでとうございます。八代部長が期待しておられましたよ」
「えへへ、ありがとうございます。オレの英語もどうにか八代部長のお墨付き貰ったんで、シンガポールへちょくちょく行くことになりそうです。でも洞木の方が凄いですよ。やっぱり実践積んできた奴は違います」
「何だ急に褒めてくるなんて。気持ち悪いな望月」
「素直じゃねぇなぁ」
それぞれ新しいポジジョンに悪戦苦闘しつつも、日々の落ち着きを取り戻してきたところで、改めてこれまでの健闘を称え合おうというのが、今日の集まりの趣旨である。
が、何故だか望月君が冒頭の展開へと持って行ってしまい、慌てて話を軌道修正したところである。望月君が私達の関係を応援してくれているというのはとても有難い話ではあるのだけれど。
そう言えば、いつだったか洞木君に謝られた事がある。
「カヲルさんすみません。望月にバレちゃいました」
「何がです?」
「カヲルさんと付き合っている事です」
「え、」
社内恋愛が悪い事だとは思っていない。私にはそうした縁が無かっただけで、同僚同士の結婚も目にしている。
けれど、私と洞木君は歳も離れているし、何より同性だ。洞木君と付き合うまで、対人関係において自身の性指向を気にした事すら無かったけれど、私と洞木君の関係性は、世間一般で言えば少数派の組み合わせである事は理解している。
望月君は私の仕事にも関わる部署の社員である。今後の関係に差し障るのではないかと不安が脳裏をよぎるも──。
「ところで羽生田さん、新婚旅行はどちらへ行かれるんですか?」
「それは今回お話する範疇に入っていませんよ」
「ちぇっ」
「ちぇってなんだ望月!」
本当に騒がしくて申し訳ない。
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