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「マナト? マナトってウリ専に飛ばされたやつだっけ? 」
「ねえ。なっちゃんは? なっちゃんに何があったの? 」
「あ? おい。うっせーな。落ち着けよ。何? なっちゃんが何だよ。話が見えない」
胸ぐらを掴んで、顔を覗き込む。薬は効いてなさそうだったが、興奮していて状況がよく分からなかった。
「本当なの。私はマナトたちに頼まれて……なっちゃん……呼び出しただけで」
「あ? 呼び出した? どこに? 」
「違うの……ちがう! ちがうっ……あたし……」
「うっせーな。落ち着けよ」
泣いて先に進まない話に苛立って、沙羅の髪を掴んで後ろに引き下ろす。こんな所をわんちゃんに見られたら、引っ叩かれそうだ。
「……この待機部屋の隣……」
「そう。良い子だな、そのまま落ち着いて喋れよ。で? 何のために? 」
痛みは人をコントロールしてくれる。これ以上の痛みが来ないようにと人は順応になる。まぁ言ってみれば拷問だ。
「……あだじと……マナドどのごと……認めでほじくで……」
「チッ。くだらねー。ほんっとに馬鹿野郎だな。だったらなんでこんなマンションの一室に呼び出してんだよ。お前は? 何で一緒にいないんだよ! おい! 鍵は? 開いてんの? 」
「……合鍵がある……隣の部屋は幹部の人に呼ばれた子だけ入れるから」
沙羅が指差した場所は、下駄箱の箱の中で、そこには車の鍵やら、自転車の鍵が適当に放り込まれていた。
「……お前……あん時、助けてもらって……お前は馬鹿だな」
掴んだ髪を離すと沙羅はまた泣いて喚き始めた。
「ち……ちが……ちがうの! だって……なっちゃん。マナトのこと……だって……ぜんぜ……」
「……マナトは1人だったんかよ。普通に話してぇなら、こんな怪しい部屋に呼び込むかよ。馬鹿が! 」
胸ポケットから煙草を取り出して火を付ける。男だったら、一つや二つ火傷でも作ってやりたかった。
「……だって……分かって欲しか……」
「……ガキの頃は誰だって間違う。失敗もする。後悔もする。だけどよ……てめぇの為にヤクザにすがってまでホテルから助け出してくれた先生を男の為に売り飛ばすなよ……」
掴んだ沙羅の髪の毛をむしり取ってやりたかった。思いっきり顔を引っ叩いてやりたかった。煙草の火を押し付けてやりたかった。だけどきっとそれはわんちゃんが悲しむな。と思って、煙草を自分の手の中で握りつぶした。
「違うの! そ……そんなつもりじゃ……」
「てめぇが寂しかろうと、辛かろうと……売らずにいた体売ったんも勝手だけどな。他人巻き込んだら、取り返せるもんも取り返せねんだよ。覚えとけクソガキ」
「……ごめ……ちがう……あたし……そんな……」
沙羅は泣き崩れて、体を丸めている。泣いて済むならヤクザは出てこないんだよ。とドラマのような捨て台詞を吐いてやりたかった。
「謝るなら先生に謝りな。謝れば……何でも許される優しい世界が……まだあるならな」
沙羅の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、もう声は奥歯に詰まって出てこない様だった。人は罪を犯す。間違える。目先のものに惑わされて、想像力が欠如する。楽な方へ楽な方へと進んで行った時、ついにその想像していなかった未来と出くわす。思い返せば、想像に足るものだったはずなのに、もう引き返せなくなった時でしか自分の罪には気付けない。
沙羅が想像した世界がどの程度のもので、犯した罪の大きさがどれ程のものだったのかは分からない。所詮はガキの想像。
だけど、もう声も出せない程「なっちゃん」の凄惨な姿くらいは想像できたらしい沙羅は延々と泣いていた。
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