しんでれら

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「それは、わんちゃんにとって俺は多少なりとも魅力的に見えてるって受け取ってもいいの? 」 「そんな……私なんて。何と言うか、オーラと言うか異次元の……その芸能人の様な……とても同じ世界に住んでいるような人に見えなくて。魅力的なんて言葉では表せません」 少しだけこの覗き込むような目が苦手だ。尖った鼻筋に、薄く横に開いた唇。優しく笑っているのにマスターとは違う目の奥が、こちらの視線を戸惑わせる。 「はははっ。芸能人? こんなヤクザ捕まえて、随分優しい事を言ってくれるね」 「あ……すみません。変なこと言って……そもそも私は園の子供たちと寝食を共にしてますし、お会いする人も役所の方とかスーパーの人とか、決まった人ばかりですし、あなたの様な方とは無縁でしたから……」 「あはははは。俺みたいなのと縁があっても困るけど……あ、そうだ! さっきのは1つ訂正」 トーンの低い穏やかな声が上擦って、こんな笑い方をするんだと思いながら、綺麗に並んだ歯並びを数えるように見た。 「俺にいくら女の子が寄ってきても、結局は俺が金と立場があるからなんだよ。俺が一文なしの無職だったら誰も寄って来ないよ」 「そんな事……ないと思います。一度会っただけの沙羅を助けようとしてくれた事、沙羅を叱らないでと言ってくれた……九条さんは、少なくとも私には一文なしの無職の方でも素敵に思えました」 「ふふ……そう。それなら良かった。ヤクザを首になっても、わんちゃんがお婿にもらってくれそうで」 「お、お婿ですか? 」 「そう! 嫌? 俺はもう九条なんて名前とおさらばしたいから。犬飼っていいじゃん。可愛い。犬飼蓮にしてよ」 「犬飼蓮って……」 「そう。俺もわんちゃんになりたいな」 そう言いながら目を逸らして笑う九条さんは、遠い昔に願った夢のような優しい言い方だった。そして私も自分の名前は大嫌いだ。
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