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「私は……今の施設で育ったんです。今みたいに職員ではなく、幼い沙羅たちの面倒を見ながら兄妹のように育ちました。だけど中高生の頃は全てが嫌で嫌で、全てに苛立ちを感じ、全てに怒りを向けて、それでも問題を起こして施設を追い出されたら生きていけない。だから良い子のふりして生きていました」
今でこそ偏見の目は減ってきたと思うが、施設で育ったことは大人になった今でも隠しておきたい時がある。そんな私が施設で働いてる。なんて不条理だろう。
「それでもそこで働くことになったなんて、すごいじゃん。誰でも働けるわけじゃないでしょ? 」
「……やんちゃな三兄妹がいて……その子たちが私を施設に残るようにしてくれたおかげです」
「ふーん。慕われていたんだね」
「ふふふ。全くです」
「ん? じゃあどうして? 」
「その三兄妹は大人が嫌いだったから。私があの時は……大人じゃなくて子供だったから」
口にしてみると、自分の価値のなさを痛感して頬が緩む。お酒なんて飲んでいるからだろう。醜態をさらす事が心地よく感じた。
「大人が嫌いね。気持ちは良く分かるよ」
「ふふ……私もです」
「意外だなー。わんちゃん、そんな感じに見えない。なんつーか、真面目で真っ直ぐで、曲がった事が嫌いで、自分の生き方に誇りを持ってる感じ。立派な職業についててさ」
「立派なんかじゃないんです。私は……ただ……居場所が欲しかっただけ。誰かに必要とされたかっただけなんです。私も……沙羅に偉そうな事なんて本当は言えないんです」
「みんなそんなもんじゃない? みんな誰かに必要とされたら嬉しいし、誰かに必要とされたいんだよ。そう思う所があるから人は生きていられる」
「九条さんも? 」
「ヤクザは別だね……必要とされたら……必要とされた場所にはろくなことがないよ」
少し小声で話す九条さんは両手を寄せて、手錠をかけられたフリをする。
「ふふ。笑っちゃダメなのに……」
「今日は良く笑うね。わんちゃんの違う顔が見れて嬉しいよ」
どんな言葉も否定もせず、女として扱ってくれる言葉や仕草が嬉しい反面、きっと彼は誰にでもそうなんだろう。と嫉妬じみた欲が湧き出た。
薄暗い店内のカウンターに2人きり。手は届く場所にあって、少し反った指先や綺麗に切られた爪。左手にはゴールドとシルバーの交じった大きな文字盤の時計に、話すたび動く喉仏。
一つ一つ切り取っても、どこも大人の男性で、避けたくても避けられないひり付くような気配が、眠っていた自分の性を目覚めさせていく。
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