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「すみません。1人で喋り過ぎました。本当に……お礼だなんて言って……私ばかり……ごめんなさい」
カクテルを何杯口にしただろうか。カクテルと言っても、シェイカーを振るものと直接グラスに注ぐものがあって、その仕組みに気付いてからは「シェイカーを使うもので」と変わった注文を始めた。
九条さんもマスターもそれを何て場違いな女なんだと顔をしかめる訳でもなくて、カクテルの名前や使われているリキュールの説明を丁寧にしてくれた。
「わんちゃんみたいな聖人君子のような子は、俺みたいなやつと口聞いて貰えないと思っていたから、人間らしい話が聞けて良かった」
「人間らしいなんて……私をなんだと思っているんですか」
「あはは。ごめんごめん。でも嬉しかったのは本当だよ。俺のいる世界は欲にまみれ、人の命が簡単に消えてしまう世界で、ただ盃と言う架空の家族の絆が俺たちを繋いでいるだけ。綺麗な世界にいる、わんちゃんや未来のある沙羅みたいなガキが羨ましいよ」
「……綺麗な世界にいる様に見えているだけで……とても汚い人間です」
「ははは。こんな俺を前にしてよく言うよ」
「違います。本当に……私はただの偽善者です」
「偽善だろうが何だろうが、わんちゃんのやってる事が間違ってる訳ないだろ? わんちゃん達のお陰で笑って暮らしてる子供がいる。それ以上何がある? 」
九条さんの時計には秒針以外にも見方の分からない針が付いていて、小さな透けた丸の中を時間に縛られずに動いているようだった。
時計なのに……なんて思いながら、その使い方の分からない針に時間を戻す力はないのかな。なんて考えていた。
「…… 施設で育った子は図らずも……そちらの世界に行く子も少なくありません。一般的には九条さんの居る世界は道を逸れると言いますけど、まともに生きたくても、うまく生きれずにお金欲しさに犯罪を犯したり、女性に貢がせたり、その……体を売る道を選んだり……どの道がその子にとって良かったのか分からず、結局私は生きてさえ居てくれれば、どんな道でも良い。と願う事もあります。とても……無責任な言葉ですけど」
「わんちゃんは……何をそんなに怯えてるの? 何にそんなに縛られているの? 」
「……えっ」
突然、向かう先の見当たらない質問に時の流れがねじられて、ぱっと時空間に放り出されたのかと思った。時が止まって、胸の奥が見透かされたような気がした。
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