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九条蓮
今や暴力団は正業なくして食べては行けない。あちらこちらから煙たがられ、すぐに反社だと騒がれ、ネットで暴かれ、まだ犯罪をしていないのに生きているだけでゴミクズ扱いだ。まだ犯罪をしていないは……言い過ぎか。暴力団に入っただけで、血縁者にとっては罪人と同じだ。
「アニキ。本家の定例会行かなくて良いんすか? 」
「権藤さんが顔出すから良いんだよ。俺が出たらまた機嫌損ねるだろ」
慣れ親しんだ煙草の味が聞き飽きたやり取りを循環させる。征也の今にも壁でも殴り出しそうな空気に、煙草の先端をどこまで赤く出来るか思い切り吸い込んだ。
「そうは言ったって、うちの組の若頭はアニキなんすよ。舎弟頭の叔父貴が引くべきでしょ? 」
「別に良いんだよ。あんなもん出たくねぇよ。揃いも揃ってイカつい顔したジジイ共が、足の引っ張り合いして何が楽しいんだか」
向かいのソファーに座っている征也はいくら鼻息を荒くしても、灰皿を差し出すことは忘れない。どこからか仕入れたヤクザお決まりのガラス細工の重い灰皿だ。
「叔父貴は親父の弟分を良いことにデケェ面して居るだけで、シノギだってアニキのお陰で楽できてるんすよ? 」
征也はいつまでも若造の頃の熱さが変わらない。10代の頃は俺だってもう少し熱く、この世界でのし上がってやるなんて思ってもいたが、そんなことは命がいくつあっても足りないし、欲のために気合の入った極道気質はあまり自分には合わないのだと知った。
「権藤さんは親父の弟分だろ? 若い頃から苦楽を共にしてきたんだ。デケェ面もしてえよ。そんなカッカすんな。征也、そんな話はどうでも良いからよ、飲みに行こうぜ」
「アニキはそう言いますけどねぇ、俺は納得いかねぇすよ」
落とした煙草の灰が征也の鼻息で一つ、二つと舞い上がる。こうなると征也は、客を捕まえるまで色仕掛けしまくる外国人パブの姉ちゃんみたいにしつこい。
「おい! 恭介っ。何だっけ? ミュウミュウのプラダちゃんにハマってるんだっけ? 」
「いやっ。いやいや、プラダって名前の女嫌じゃないっすか? ミュウちゃんです! ミュウちゃん。プラダって店のミュウちゃんが可愛いんすよ」
征也に絡まれないよう壁に張り付くように立番をしていた恭介は、突然自分に話を振られたことに慌てて一歩前に踏み出す。
「はいはい。ヴィトンちゃんでもエルメスちゃんでも良いから飲みいくぞ。ほら、征也! そんな硬いことばっか言ってねーで可愛い子ちゃん達の顔見に行くぞ。総会なんて顔出しでジジイの顔見るより、よっぽど楽しいぞ」
「頭っ! ありがとうございますっっ! すぐ車回して来ます」
征也の不服そうな顔を横目に飛び跳ねるように事務所を出ていく恭介は、まだ極道に夢も希望もある血気盛んな20代。3度の飯よりおっぱいが好きと酔っては叫んでいる可愛いやつだ。
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