九条蓮

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夜の街は好きだ。汚ねえ欲が溢れているから。 正論振りかざしているのは警察官と頑固じじぃのラーメン屋くらいで、みんな欲に弱い人間を認め合って、(けな)し合って、金を振りかざし、金に振り回されて、今日さえ良ければと生きている。 「九条さま。ようこそいらっしゃいました。奥へどうぞ」 黒服達が頭を下げて、VIPルームへと案内する。店内には見るからに値の張った装飾品に身を包む男達が酒を酌み交わしている。 何も言わずにVIPルームに案内することに、他意はある。もちろん元締めヤクザに気を遣うのは当たり前だが、チンピラ風情が店で幅を利かせていれば店の沽券(こけん)に関わる。だから人目につかないVIPルームに押し込めば、征也達の面子も立てつつ厄介払いも出来ると一石二鳥だ。 その上、ヤクザもんはプライドだけは高いから金払いだけは間違いない。 そんな事を知りながらも、我がものツラで真っ赤なカーペットを練り歩く。 「九条さん。お久しぶりです。覚えていますか? アイナです」 遠い記憶に見覚えのある女が白々しくお愛想を振る舞う。華奢な肩を出し乳を寄せ、胸元には不釣り合いな宝石をぶら下げている。 ドレスは友人の結婚式に着て行ったのならば、ひんしゅくを一斉に浴びそうなほどの純白ドレス。「毎日、私は主役なの」的な表れに見える。 「アイナ? アイ……あー。何でこの店にいんの? 前の店は? 」 「やだぁー。だってぇ前のお店じゃ九条さん来てくれないじゃないですかぁ。さっそく会えて嬉しいぃー」 「あ? どうせ、オーナーか女と揉めて辞めて来たんだろ? 店の客こっちに引っ張って。津川だっけ? オーナー。あいつは口うるさいからな」 「もぉーそんなのどうでも良いから、せっかく会えたんだから、もっとお話しません? 昔から知った仲じゃないですかぁ」 アイナは昔付き合いのあったヤクザの元女。年の頃もあるだろうけど、俺の知ってる顔とは色んな意味でだいぶ変わった。欲にまみれ、随分強欲な女に出来上がった。 「知った仲って……お前知られたくない事ばっかだろ。新しい店でうまくやりたいんなら、指名は入れておいていいから、さっさと違う女連れてこいよ。お前じゃ酒が不味くなる」 「えー何のことですかぁ? ふふふ。ご指名ありがとうございまぁーす。それじゃあ、九条さん好みの若くてプリプリの女の子呼んで来ますねぇ」 そう笑って、尻を振りながら砂をかけるように去っていくアイナはこの世界では随分と汚い水も啜っている。どこの女も指名を取るのに必死だ。 この町で自分の価値を知り、自分に落とせない獲物は居ないと俺にまで媚びを売るようになった。 どうせ自分の代わりに俺に付ける女は、自分の子分みたいな女に決まっている。女はどこまで行ってもしたたかだ。 「そういや最近、うちのシマ周辺にまた新しいドラッグが出回ってるらしいな。若い女ドラッグ漬けにしてウリさせてるんだろ」 「そうみたいっす。結構、値が安いらしいんでクラブとかで若いやつらに広まってるらしいんすけど、ウリのやり方が結構鬼畜らしいっすね」 俺と征也が話し出すと、さっきまで、酒や何やと騒いでいた女達は少し腰を引いて、口を閉ざす。 夜の店は見た目が良いだけじゃ、やっていけない。もちろん、そういう女がほとんどだけど、ヤクザだと知って接客する以上は「聞こえないふり。見ないふり」が出来ないとそれが命取りになる。 いくら可愛くても、ヤクザの情報をペラペラ漏らすような女はすぐにこの町から消えていく。それがどんな消え方なのかは「見ないふり」 あの女の子、最近見ないねって聞かれても「聞こえないふり」 プラダの店の子達も、うちのシマの店だけあってママや店長にしっかり教育されている。
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