九条蓮

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「ったく。面倒くせえな。海の上っつってんのによ! でしゃばる真似もするな。だけど見つけ出せって。小学生の探偵でさえ、警察とつるんで事件解決してる時代によぉ」 親父を見送ると外はもう人工的な光りで賑わっていた。空を見上げても星なんて霞んでいて、チンピラを拷問する為に山の中に入った時の方がよっぽど綺麗な空だった。 「小学生が警察とって、もしかしてアニメの話っすか? つーか知ってます? その例の小学生の住んでる町は1年のうち300日くらい殺人で人が死んでるらしいっすよ」 「いーんだよ! アニメは年も取らないし、小学生が死体見まくってたってPTSDにもならないの」 「PT……え? 何かアニキ博識っすね。ヤクザの博識。小学生が天才みたいなのと似てますね」 「何だそりゃ。意味わかんねー。そんな事より、ドラッグの出所わかったんかよ? まさか安藤組じゃねえよな? シャブとドラッグ。どっちもやっててもおかしくねぇよな」 「いやー。そんな事ないんじゃないっすか? あ、恭介たち若いのにクラブに出入りさせてますんで。車回してきます」 「いーよ、俺もいく。少し歩きてぇ。クラブかー。たまには俺も顔出すかな」 暑さも消え失せて、スーツが着やすい時期になった。いくら真夏と言ったって、ヤクザが半袖シャツじゃ格好がつかない。Tシャツ、ビーサンじゃどこにも行けない。 どこぞのモデルが「ファッションは我慢です」なんて言ってたけどヤクザこそ我慢、我慢の人生だ。 「いやいや、今時ヤクザは入れないっすよ」 「あん? 恭介だってうちの構成員だろうがよ」 「いや……見た目の問題っす」 「ああん? 俺だってジャージでも着てりゃ、そこいらの兄ちゃんに見えんだろ? 」 「いやー何て言いますか、目付きの悪さとか、雰囲気とかカタギには見えないっすよ」 「ちっ。生意気言いやがって。今流行ってるだろ? 料理好きの元ヤクザ。スーパーに行くって言ってんじゃねーのに」 「なんすか。料理好きの元ヤクザって」 「……そいじゃ、ヤクザはヤクザらしく蛾が集まる町へと行くかねぇ」 「気になるんすけど料理好きって。それより蛾ってなんすか? 蝶々じゃないんすか? 」 「馬鹿やろー。蝶々は基本昼間活動すんだよ。蛾は夜に活動するんだから、本来は蛾が正解なんだよ。夜の蝶なんてうまいこと言いやがって」 「やっぱりアニキは博識っすね! 」 何がそんなに嬉しいのか、征也は後部座席のドアを開けて、意気揚々と笑う。広々としたミニバンも良いけど、結局ヤクザには黒塗りの品のないセダンがお似合いだ。 「極道の世界はこんなもんで、褒め称えられるんじゃ未来がねぇなー」 「極道の未来って何すか? IT社会みたいなやつっすか? 」 「極道がITになったら、この世はお終いだな」 「まじっすか? 平和になるとかじゃ無いんすか? 」 「必要『悪』ってのがこの世にはあんだよ」 「なんすかそれ、格好いいっすね。まさに悪のヒーローじゃないっすか」 「悪のヒーローって何だよ。悪にヒーローも正義もねぇんだよ」 少年が夢を語るような顔でルームミラー越しに俺の顔を見てくるので、事故られないようにもう黙ることにした。付き合いが長いと話がどうも尽きなくて困る。
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