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「ご無沙汰しております……姐さん」
「久しぶりだね、蓮。お待ちですよ」
「すいません……失礼します」
護衛も誰も付けずに1人で来いと親父の自宅に呼び出された。喉の奥から滑り出る抑揚のない姐さんの声が、一段と腹に来る。
部屋住みの奴らさえ追い払った室内は、飲み込む空気がやけに重く感じる。
「部屋に居るから……」
「……はい」
親父の家は昔ながらのヤクザ丸出しの和風の家では無くて、コンクリートに囲まれ防犯に優れた家だ。子供はいない……正確には姐さんとの子供はいない。コンクリートに包まれた家屋は無機質で、広々としたリビングにはいつも部屋住みの若造達が溢れかえっている。やけにそれが人の温かさを感じられていた。リビングを通り抜けて、親父の部屋のインターホンを押す。
最期、誰かに押し入られたとしても、ここで姐さんと死を迎える為の部屋だと言っていた。
「……入れ」
「失礼します」
重い扉を開け、薄暗い部屋に思わず足を止めた。空気が重い。
「親父……何すか話って……」
分かっていたはずなのに、喉が詰まる。
「……座れ。まぁ……一杯やれや」
空気がこもる。煙草を何十本も吸い飽きたような、嫌なものだった。言われるがまま、親父のお気に入りの椅子の向かいに置かれたソファーに腰を下ろした。
すでにブランデーと氷、グラスは用意されていて、誰1人ここに入る理由はなさそうだった。
「すいません……いただきます」
置かれたバカラのグラスに氷を入れると、一つ一つカランカランと律儀に音が鳴る。耳の奥に通る良い音だ。早く用件が聞きたかった。ろくな事ではない。うちの組員の誰かにムショに入れと言う内容だろうか。
長い沈黙が続く。頭を下げ、俺がブランデーを飲み干しても、親父は口を開かない。親父は煙草を吸う以外、人形のように固まったままだった。
もう一杯同じものを作った。この人に必要な人間になりたくて、生きて来た。だけど、この人の求めていることが分からない事が良くあった。そう……何度も知った感覚だ。あとになって全てが繋がって、それはいつも後味が悪い。
だから俺は出されたものを受け入れるだけ。酒を飲み続けた。
「安藤組のやつら……征也が殺ったらしい」
喉が焼ける様なブランデーを、どれほど体内に取り込んでしまったのだろうか。幻聴が聞こえた。
「はははっ。親父。馬鹿言わんで下さいよ。すみません……やっぱり飲み過ぎました? これ……めちゃ高い酒っすよね……」
「……ドラッグ撒いてウリを斡旋してたんもあいつだ」
右手で持ち上げたブランデーの瓶は人を殺すくらいの重みはあって、下ろすタイミングが見つからずにそれを左手で包み込んだ。
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