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「ちょっ……ちょっと待って下さいよ。いやいや。何かの間違いでしょ? ガキの……未成年のウリ手伝って何になるんすか。いやいや。いや……何の……何の為に? 」
ようやく息が吸えて、手に持っていたボトルをテーブルに戻した。ごとり。と言う鈍い音と重なる様に親父がぼそりと言う。
「……金だよ」
「……あいつとは長い付き合いですけど、そんな金に執着するやつじゃないっす。そ……そんなの親父だって知ってますよね? あいつがガキの頃から……」
「……お前が関わっているとしても? 」
煙草を灰皿に押し付けて、紫煙が親父の顔を燻らせる。煙の隙間から見えた口元が舌打ちをした後のように歪んでいた。胸がゆっくりと詰まるように騒ついていく。それを明確に感じた。
「……俺が? 」
「征也が……お前の立場を権藤たちに見せつける為に金を稼ごうとしていたら? 」
「……叔父貴たちに? 」
馬鹿みたいにオウム返ししか出来なかった。頭が何も働かない。脳内で征也の顔がずっと浮かんでいた。
「権藤は……お前の子分達に当たりが強いだろ。言ってみりゃ……汚ねえ男の嫉妬だ。お前みてぇな頭がキレて、分をわきまえてる奴が結局鼻につくんだ。馬鹿にされてるってな。征也たちは実際、煙たがられているだろ? まぁ結局、金で見せつけるのがこの世界は一番効果的だ」
「……いや……確かに……征也は……でも……例え……そうだとしたって。例え……薬を捌いて……ウリやってたとしても……安藤組の組長たちを殺る理由はないっすよね」
親父が伸ばした指先も追いかける事もせずに、俺を見る親父の目の奥に真実を探していた。気が付けば親父は煙草に火が付いていて、征也の方がいつだって俺を良く見ている。
「安藤たちはシャブメインだったろ? ずさんなやり方でサツに目ぇ付けられて、そもそもうちはシャブ禁止だ。本家の方からも解散命令が出て、ここんとこ売買が出来てなかったはずだ。シャブばら撒いていた末端は随分捕まったらしいが、そんなのはいくらでも代わりがいる。要は安藤たちのシャブルートの大元さえ捕まらなきゃ、いくらでも流せるんだよ。ただシャブは安藤たちが隠し持ってる。いくら売れなくなったって、そうそう安値ではシャブは手渡さない。だから征也はシャブを高値で買い取るより、安いドラッグを代わりに流せば良いと思い、ドラッグをばら撒き始めた」
「お言葉ですけど……安藤たちのルートを征也が使うことなんて出来ますか? 俺の知ってる限り、安藤組と征也は付き合いなんてなかった。いくら目的が一緒でも安藤たちだって自分の子飼いにやらせなきゃ旨みがないでしょ? 」
「安藤組はもう機能していなかったから、下っ端のやつらは、どこかに拾われていったり足を洗ったやつもいる。だけど安藤組やめた後、ずいぶん羽振りの良い奴がいてなぁ……金のねえ残党ってのは、鼻が効くんだ。そいつ問い詰めたら、安藤組がヤバいことにいち早く気付いて、組が存続中から安藤組のルート使って、征也とドラッグ売り捌いてたって証言したらしい」
「何でそいつが征也と? それこそハメられたってことありませんか? 信じられないっす」
若い頃トチって山の中に捨てられた事があった。じめっとした空気に土の匂い。身体中痛くて、吐く息がこんなにも熱いものなのだと知った。星だけが俺に明かりをくれて、それを見る目すら閉じてしまいそうだった。暗闇の中、何かないかと手探りで土の上を探っては、木や石しかないことに絶望を与えられた。どこかにここから生きて帰るものは無いかと探していた。その時に良く似ている。どこかこの現実を否定出来る材料を探していた。
「……どうもその組員と手を組んでたやつが、征也と地元が一緒のやつらしい。最近この辺で潰れそうな店買ったり、ウリを斡旋してるらしくてな。もしかしたらお前も知ってるかもな」
「……ちっ。同郷かよ。だけど……それで征也が安藤たちを殺ったって言うんすか? いや……でも……まさか……殺すなんて。さすがにそんなことしたら征也だって……」
征也は昔から仲間意識が強かった。ヤクザになっても、つるんでる奴の1人や2人いるだろう。
「安藤たちは後がなかった。組は解散、直参からも追い出されかねない。ジャブを大量に仕入れてたって売り捌けなきゃ金もない。そうなると、征也達だって足元見るだろ。足元見て、シャブを安く流してもらおうと思ったが、逆に安藤たちの怒りを買った。俺の仕入れた情報だ。間違いない。征也が安藤達を殺った」
あまりにスムーズなヤクザのトラブルに言葉が見つからなかった。ヤクザ同士のトラブルなんて所詮金がらみだ。
「蓮……もうあの頃みてぇなガキじゃねぇんだ。殴り合いでも、金でも済まねえ」
「親父……」
「……蓮……征也を殺れ……」
あの日、あの山で同じように捨てられていた征也が「蓮くん、蓮くん……」って泣きながら俺の元に歩いてきたんだ。死ぬんだと思った時、あいつが居たことで俺は……
「……親父っ。親父……無理です。征也は……知ってますよね? 親父だって……長い付き合いじゃないですか……」
「蓮! こればっかは指詰めさせたって破門させたって無理だ。征也を殺れ」
「親父……待ってくださいよ。俺が責任とって……」
「蓮……安藤は腐っても直参の人間だ。お前の小指一本じゃ足らねーんだよ。俺だって、兄弟分に恩を売るなんて話しじゃねぇんだ。もうケジメとらせるしかないんだよ。半端なやり方じゃ示しがつかねぇ。分かるだろ? 」
「か……勘弁してください。それは無理っす……」
「蓮。これは……命令だ。殺ってこい」
幕が閉じる。と感じた。
その日暮らしの様な生活。でも明日はいつだって来るし、いつだって征也はここに居る。死ぬまで……じじぃになっても一緒に酒を飲んでいると思った。あいつは情が厚いから家庭を持たせるつもりだった。そうなれば足を洗わせてやろうとも思っていた。あいつは良い父親になると思った。そういう人間が……俺の代わりに……人らしい生き方をする征也をそばで見ていたいと思っていた。
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