三田村征也

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一週間後の土曜の22時。公園は目立つから、人気のない潰れた工場をタイマン場所に選んだ。バイクで2人を照らして、ルールはどちらかが動けなくなるまで。手出しは無用。 五十嵐は何で加勢してくれないんだと最後まで文句を言っていた。 「おい! いいな。手は絶対出すな。どっちが勝っても負けても、これは青薔薇ではなく西中の問題だ。中坊が男のメンツをかけてタイマンするんだ。報復は無し。おい! 三田村もいいよな? 負けたとしても、闇討ちみたいなことはすんな。こっちも同じ。五十嵐も負けたとしても青薔薇の名前出して、三田村たちに追い込みかけるなよ。もしそれを破った場合は俺らが出る。それじゃあ始めっ」 中坊くらいの喧嘩は格闘技でも習ってない限り体格差が勝敗を左右する。五十嵐も背は高くないけど、ガタイが良い。一発、二発じゃ三田村の細い腕じゃ倒れないだろう。あとは…… 「……ぶっ潰す」 最後まで仲間にすがろうとした五十嵐に対して、最初から1人でケリをつけようと考えていた三田村。三田村の拳が五十嵐の顎に入る。 「いいねぇ。気合い入ってんなー」 五十嵐が派手に倒れ、ひよった声をあげる。コンクリートの上を鈍く転げた音が高揚感をあげていく。生意気で嫌われていた五十嵐がヤラれている姿を見て、中坊たちが喜んでいる。こういう人望のない男は結局、どこでも生きていけない。 「おい。蓮! 何でてめーは同じチームのやつがヤられてんのを見てんだよ。てめぇにはプライドがねぇんかよ」 暗闇からジャラジャラとチェーンの擦れる音と、癖のある歩き方が近付いてくる。ブルージーンズの濃い香りが鼻につく。 「……馬渕さん。何でいるんすか……」 胸くそ悪い男のお出ましだ。ガタイだけは良い腐れチンピラ。立派な剃り込みとこの暗闇じゃ何も見えないサングラス付き。残念なことに青薔薇の大先輩だ。 「五十嵐から聞いたんだよ」 「っち。あの野郎……これはタイマンなんで俺らは手ぇ出さないっす」 「はぁ? てめぇ青薔薇のトップだろ? こんなクソガキに好き放題されて恥ずかしくねぇんかよ」 この為につけてきたような不釣り合いな指輪を付けた拳で思い切り顔面を殴られた。わざわざ周りに聞こえる様な声を出し、青薔薇のメンバーの視線がこちらに向けられる。 「何だその目はよぉ」 好き放題殴られたあと、掴まれた胸ぐらに寄せられた顔は、どうにも薄っぺらくて、こんなやつに三田村の強い意志を邪魔させるのは勿体無いと思った。 「あいつと約束したんで手は出せないっす」 「ああ? どうみたって五十嵐のやろう負けてんじゃねえかよ。どこのもんだか分からねーやつにウチのもんやられて良いんかよ! てめぇ俺らの顔に泥塗るつもりか? 」 殴られれば痛いし、こんなやつに良いように言われ続けるのにも腹が立つ。だけど、あまりに薄っぺらなこいつに、あいつの邪魔をされる方がよっぽどムカついた。 「馬渕さん。まだバッジ貰ってないんすよね? 俺は高校卒業したら間宮さんと盃交わしてバッジ貰う予定です。でかい顔できんのも、あと半年だけです」 「何だよ? ああ? 間宮さんにちょっと可愛がられてるからって調子に乗んなよ! 青薔薇は永遠の縦社会なんだよ! OBの俺に舐めた口聞けばどうなるか分かってんだろうな? ちゃんと頭下げてお願いしてみろよ! おい! 」 脇腹を殴られ、頭を押さえつけられてそのままコンクリートに押し付けられた。耳を蹴られたせいか、声が良く聞き取れなかった。ただ、猿のようにキーキー言っている声が耳障りで、近づけられていた顔に頭を思い切りぶつけた。 「うっせえな。ヤクザにもなれねーでフラフラしてる奴が、OBだからっていつまでもデケー顔してんじゃねえよ。知ってんだよ! うちの金巻き上げていってんのも。てめぇこそ、いつまでも偉そうに口出してんじゃねえよ。ハイエナが」 「お、おい! 蓮! 蓮! まずいって」 「うっせーな! クソガキが! なめてんじゃねぇよ! 」 倒れ込んだ馬渕が立ち上がる前に、思い切り顔面を蹴り飛ばした。指輪つきの拳で殴られて、視界がぼやけている。血も流れてきた。ガタイだけはいいコイツとまともにやり合っても、負けるかも知れない。コイツの事だ。ナイフくらい持っているかも知れない。だけど、ここで俺が負けたらアイツの立場がなくなる。 「手ぇ出すんじゃねえよ。タイマンだっつってんだろ! 」 今できることは起き上がる気力すら刈り取ること。寝転んだ状態なら殴る力も蹴りも威力はない。足を潰したいけど、人の足を折ったことはないし、手間取ってる間に反撃されかねない。 ああ。そうだ。そうだな三田村。まずは……顎だ。足で思い切り顎を蹴り飛ばした。すぐに空いた腹に蹴りを入れる。みぞおちを思い切り蹴られれば、横隔膜が圧迫されて呼吸がしにくくなる。 「ぐあぁぁぁ……おえぇぇぇ」 馬渕がゲロゲロと腹の中のものを吐き出して、息が出来ないせいか、体を丸めてうずくまっている。 「お、おい。蓮……蓮。やべぇだろ……馬渕さん……やっちまって……。誰か来たらどうすんだよ……俺……知らねえからな! 」 慎太郎が怯えた顔をして、辺りを見回す。和樹を連れて慌ててバイクに乗って去っていった。 「……やっと静かになった。いって……」 馬渕をやった事で、報復を恐れてバイクで来ていたやつは去っていった。バイクのライトが消えた工場は暗くなって、殴られまくった耳も目も周りを判断する能力はなくなっていた。ゴツい指輪はなかなか効く。タイマンの結果ももう分からずに、1人仰向けになって空を見ていた。 「……間宮さん。すみません……馬渕さんをやっちまいました。すんません……ちっと耳が今いかれちまって……良く聞こえなくて……一方的に話します……盃交わすんで……ちっと上手い事やってもらえませんか? 」 決めかねていた自分の行く末を、柄にもなく熱くなって決めた日はやっぱり若気の至りだったんだろう。間宮さんとの電話を切って、俺は携帯と普通の人生をコンクリートに放り投げた。
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