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「……何であんたがボコボコになってんだよ」
ざりざりと砂を引きずるように、汚れたスニーカーが近付いてくる。耳の感覚が戻ってきたのだと気が付いた。形も崩れていない靴は、ちゃんとした家庭で育っている人間に思えた。
「大人の事情ってのがあんだよ」
「……さっきの人は……大丈夫なんですか? 」
「はは。やっちまった」
「話……聞こえてました。すみません。手ぇ出させない様にしてくれたんすね」
膝をどさってコンクリートに付けて、手を膝に置いて三田村が頭を下げる。拳は傷だらけで、デニムの膝には穴が開いていた。
「……勝ったのか? 」
「もちろんす」
「……はは。そりゃーよかった。俺らの前に来てタイマンさせてくれなんてなぁ。お前いい根性してるよ」
「辞めても族ってのは関わりが強いんすね」
「……煙草持ってる? ちっと火ぃつけてくんねー? 」
「煙草は吸わないんすけど、ちょっとやってみます」
「いいよ。煙草見えるとこに落ちたら口に咥えさせて」
「分かりました」
三田村が哀れそうな顔で俺の口に煙草を押し込んでくる。カチカチっと何度か付け直したライターの光がボワっと見えて、思い切り息を吸い込んだ。
「俺はよ……別にこんな族なんかやりたかねぇんだ。あんなくだらねぇ奴が調子に乗るだけだから。それに仲間だと思ってたやつは、みんな逃げた。ただちょっと……うちのOBの間宮さんって人に恩があってよ。仕方なくやってる」
「間宮さんって人は……その……ヤクザ……なんですか? 」
「……ああ。ヤクザになっちまった。だから俺も誘われてるんだけど……俺は……ろくな生き方して来なかったから、どの道こんな人生がお似合いだって分かってるんだけど……」
浮気がバレて言い訳している時みたいに、ベラベラと回る口に気が付いて黙り込んだ。まだ2回しか会ってないコイツに俺は俺を知って欲しいとでも思っているのだろうか。
「……ヤクザになりたくないのに……盃交わすって言ってましたよね? 俺を……助ける為にっすか? 」
「はー? いやいや! 馬鹿か! お前の為に盃交わすって……あー痛って。笑わすなよ」
「……じゃあ何でヤクザになるんすか? 」
「ヤクザなんてなんねーよ。盃交わすって言って馬渕の事ビビらせただけ」
「……俺は族には入りたくありません。西中まとめてんのも、何つーか成り行きって言うか。でも……あんたの側に居たい場合はどうしたら良いっすか? 」
捨てられた犬のようにってのはこう言うことかと、三田村の顔を見ていて思った。腫れ上がった顔で捨てないで欲しいとでも言うような三田村は、踏み外した道に後悔が無いように鍵を閉めてくれた気がした。
「……はっ。はは。何? 告白? 」
「何ていうか……今までの人生であんたみたいな人はいなかったから」
「ははっ。たった15やそこらのガキに、俺みてぇな人間と出会うことはそりゃねえだろ。早まるなガキ。つーか手ぇ貸して。体いてぇ」
伸ばした手を三田村が引っ張ると、倉林が俺の背中をグッと支えた。まだ発達途中のガキ2人の腕はしっかりと力強くて、脆くて弱いダチの繋がりが心地よかった。
「……蓮だ。お前下の名前なんつーんだっけ」
「征也って言います」
「征也か。今日からお前は……ダチだ。まぁー弟分ってやつか。お前は? 」
「あ、こいつは倉林なんで、みんなからクラって呼ばれてます。」
「クラか。根性持ったダチがいて良かったな」
「はっはい! 」
「れ……蓮くん……って呼んで良いんすか? 」
「かしこまるなよ。初デートかよ。だけどデートついでに俺のこと家まで運んで」
バイクの明かりもなく、ぽつりぽつりとある街灯を頼りに3人で歩いた。無傷のクラが自販機でコーラを買ってきて、口の中切れてんのにコーラなんか飲めるかって征也と2人でクラを責めまくった。そのあとすぐに間宮さんと盃を交わす約束をして、俺は高校を卒業するとヤクザになった。
あんなにも行きたくなかった学校だったのに、随分と未練がましい卒業だった。
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