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征也の最期
「久しぶりっすね。2人で車乗るのなんて。しかも蓮くんの運転なんて……」
1時間ほど車で走った頃、征也が喋り出す。旅行中に景色でも見て、大きく息を吸い込んだ後のような清々しさだった。高速を乗り継いで、もう住宅街は見えない。数えきれない程の木々が流れるように去っていって、お高く止まったように葉が舞い上がる。煙草に火をつける為に窓を開けると、青臭い絶佳があって懐かしい香りがした。
「ああ……俺が免許取って、富士山まで行ったっけな」
「そうっす。すげぇスピード出すから、マジで死ぬかと思いましたよ」
「……俺がまだ盃交わす前で、お前はまだ童貞の中坊か」
「また……童貞って。流行ってんすか? 童貞で笑うなんて10代までっしょ。いや……恭介もか」
正式に盃を交わしてから、征也は俺を名前で呼ばない。酔って2人だけの時に呼ぶ事はあっても、俺の威厳が保てないと言って、いつだってアニキと呼んでいた。空気が……呼吸が……飽き飽きした映画のエンドロールみたいに、最後に何かを求めるような諦めが生まれていた。
「……蓮くん……俺があの時、五十嵐をやったあと……馬渕さんが騒ぎ出して……話納める為に盃もらったんでしょ? 俺のために……」
「……そんな格好いい話じゃねえよ。そんなんでヤクザになるなんて、どんだけお人好しだ。なめんなヤクザ」
別れる前の恋人みたいな、妙に穏やかで、妙によそよそしい。
「てめぇの底が知れたんだよ。結局、族でもヤクザでも……肩書きがなきゃ生きられねーんだって分かったんだよ。お前こそ……俺についてきやがって。何ヤクザになってんだ」
「俺は……蓮くんと生きる以外の人生が見えなかったんだよ」
「いくらでもあったろ。こんな道……1番のハズレだろ」
「ハズレって。毎日楽しいなんて最高でしょ」
征也は小さく笑いながらコンビニで買ったコーヒーを口にする。昔はコーヒーなんて飲まなかったのに、大人になったなんて随分としみったれた事を思った。
「クラは元気か? 今は……レオって名乗ってんのか……」
「……元気っす」
ヤクザになってからクラの話はしたことがない。レオと呼んだことに、征也の声が沈んだ。
「……そうか」
「……蓮くんはさ、ヤクザになんてなりたくなかっただろ? 俺の為に……」
「まだ言ってんのか! 自惚れんな。お前の為に人生棒に振るかよって……あん時も言ったろ」
「……棒に振りましたか? 」
「……お前が……だろ」
綺麗に整えた後頭部。散髪に行ったんだろう。ピンっと張った襟元にシワ一つない真っ白なワイシャツ。俺のあげたネクタイにネクタイピン。プロポーズでもするような決め込んだ姿に、鼻の奥に痺れを感じた。
ご丁寧に征也の死に場所を提供され、廃工場に車を停めた。征也の目が居場所を求めて、視線を下げる。長いまつ毛が何度も揺れて、唇が何かを閉じ込めるように僅かに動いた。
「……何で……安藤たちを殺した? 」
鈍い車のエンジン音が身体を支配していって、沈黙が続く。投げかけた疑問が、深く深く腹の奥に沈んでいった。
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