犬飼夏月

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「ただいまー」 思春期特有、声色1つで機嫌が分かる。ご機嫌は最悪。 「あー沙羅ちゃんだー。おかえりー」 「ただいま。おー何それ何描いたの? 上手じゃんユマ」 それでも小さい子に自分の機嫌を向けない沙羅は、ちゃんと自分で機嫌を取れる良い子だ。 「沙羅。今日は当番じゃないけど夕飯の手伝いしてね」 「……なっちゃん」 玄関を入ると、みんなのいる食堂兼リビングがある。ここを通らないと自分の部屋には行けなくて、幼稚園児や小学生たちは中高生のお兄ちゃん、お姉ちゃんが帰ってくると駆け寄ってくる。 「それで昨日のは園長には内緒にしてあげるから」 「……別にいいよ。それこそ内緒にしたのバレたら、なっちゃんが怒られるじゃん」 「私が怒られるくらいなら良いよ。だけど……沙羅。この間……次は警告って言われたよね。ここ追い出された困るでしょ。だから……」 「……あと半年で高校卒業するし、そうしたらどっちにしろ出なきゃなんだし……今更いいよ」 「そういう問題じゃない。ちゃんと就職先決めてアパート決めて自立するの。言ったでしょ? 私が一緒に住んでもいいって」 「……なっちゃんはクソババアに作られた借金の返済もあるでしょ? ここに住み込みで働いてるのにアパートなんて借りたら生活大変じゃん」 「それでも! だから、ちゃんと学校行って就職しなきゃだめよ」 声をひそめて、ユマたちに話の内容を知られない様に話しても、結局言い合いなんて空気は読まない。ユマは縮こまって私たちの話を聞いていた。 「就職、就職ってうるさい。分かってるよ! 」 「沙羅ちゃん! ねえってば! 聞いてるー? トランプしようって言ってたじゃーん」 タイミングを見計らって、ユマが沙羅の体を揺らす。ここに居る子供たちは人の顔色を読んでばかりだと知っているのに、心の中でユマに謝る。 「あーそうだったね。優馬とマリアにご飯の手伝いしたら行くって言っておいて」 ユマに優しく返事をする沙羅は泣き出しそうな唇で涙を飲み込んで、優しく頭を撫でた。 「分かったー! 早くしてねー」 「なっちゃん、早く作っちゃお。トランプの約束忘れてたの」 「沙羅……大事なことなんだよ。ちゃんと話そうよ」 「……もう良いよ! あたしだってちゃんと考えてるの! 」 分かっていない。分からない。それはきっと大人になって、自分の道が望んでいたものじゃ無かったのだと気付くまで、きっとこの思いは伝わらない。沙羅のヒステリックに上げた声は過去の自分の物のようで、私の人生を沙羅の身体に流し込むように教えてあげたかった。 「……沙羅」 児童養護施設に入所していられるのは基本は18歳まで。大学に行ける支援は進んでいるものの、現実的に進学する子はほとんど居ない。 この子達は何も悪くない。だけど生まれた環境を憎んでも月日は待ってくれない。だから普通の家庭で暮らす子より、ここに居る子達は人生の決断を早くしなくてはならない。 「何でわたしばかり」「分かってる」「何も言わないで」「どこかに逃げたい」「誰か助けて」 きっと沙羅の頭にはこんな事が繰り返されてる。だからせめて私はこの子達の逃げ道になれるように、寄り添ってあげたいのに彼女達に希望を照らす言葉は簡単に言えない。 「夢を持つ」とか「夢がある」という言葉は今も好きになれない。
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