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児童養護施設には門限がある。その施設ごとで時間は違うだろうけど、高校生にもなると許可制でアルバイトをする子もいるので、22時頃までは職員が交代で子供達の帰宅を確認する為にリビングに待機をする。
「……沙羅から? 」
静かなリビングに着信音が鳴り響く。時計を見るとバイト終了時刻より前だった。
「もしもし? 沙羅……どう……」
「なっちゃん? なっちゃん……助けて……あ……あたし……あたし……」
「沙羅? バイトの時間よね? どうしたの? 沙羅? 大丈夫? 」
「なっちゃ……あたし……」
「沙羅? 沙羅? バイト先にいるの? 沙羅? 」
泣きじゃくる沙羅の声に、思わず声を張り上げてしまい慌てて口元を押さえた。
「……どこか分からないの。ホデル……車でぎた…」
「ホ……テル? ホテルってまさか連れ込まれたの? 沙羅? 沙羅! 体は? 怪我は? 誰に? 」
「なっちゃ……なっちゃん」
「何て名前のホテルなの? 相手の人は? 」
「いない……ひどり……なまえはわがらない……」
沙羅の声が闇に埋もれる。電話口の向こうに暗闇が広がって恐怖心が重なっていく。
「1人なのね? 何が見える? ホテルの名前とか、何かビルとか近くにないの? 」
「町中のじがくなんだけど……ぐろっぼぐで……ホデル……遠ぐがギラギラひがっで……」
心臓の音が唸るように早まって行く。言葉がうまく聞き取れない。情報が一つでも多く欲しいのに、耳を澄ましても沙羅の泣く声ばかりが耳に響く。
「すぐ行くから! 沙羅……電話繋いでいられる? フロントの人に連絡はできる? 警察に電話してもらわないと」
「そどにいるの……ふぐぎでない……」
「外? 外って。ふ……く? 着てないって裸なの? 服脱がされたの? 待って……外って……ホテルは? 沙羅? 怪我はないの? すぐ行くから」
沙羅の声は掠れるように遠く、泣いているばかりだった。自転車に飛び乗って町中に向かう。最悪の事態。分かっていることは服を着ないで外にいて、沙羅が声にならないほど泣いていると言うこと。自転車のペダルを必死にこぎながら、笑った沙羅の顔ばかり浮かんできていた。
「沙羅。沙羅。無事でいて……」
頬を突き刺すように風は冷たい。だけど鼓動が熱い程うるさくて、手足は意識を保っていないと震えて、前に進めなそうだった。
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