犬飼夏月

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町中の近くのホテルが目印。だけど外に居ると言う沙羅をどうやって探して良いのか分からずに、自転車を置いて闇雲に人気の無い脇道を探し回った。 町中のホテルは古い物を入れると沢山あった。黒いホテル? 古いネオン。切れかかった電球。白い壁が汚れて、どこのホテルも黒く見えた。 「沙羅……どこ。電話……繋がらない」 まさか死んでしまったのだろうかと思うと、感覚を失ったように足元が痺れていく。死が脳内を支配し始めると、うずくまってしまいそうなる。違う。そんな訳はない。生きている。沙羅は生きている。繰り返す自問自答に胃の奥が削げ落ちてしまいそうになっていた。 「……わんちゃん? 」 聞き慣れない声。聞き慣れない名前。私に向けられた声が神様のように思えた。 「わんちゃんじゃん。どした? こんな路地裏で。この辺は……やばい店しかないけど……」 「あっ。あ……く……九条さ……」 「どうしたの? そんな顔して……そんな薄着で……ていうか息切れ。まさか警察に追われてるわけ……ねーか」 九条さんの涼しそうな顔が少し戸惑っていた。咥えていた煙草を指先に移して、視線が上下に動く。私の姿に驚いているようだった。 「あの……あのっ。ホ……ホテル知りませんか? えーと。そう、黒っぽくて……こう……ライトがギラギラしてて……近くにはあまり明かりが無いような……」 「ホテル? ホテルがどしたの? わんちゃん落ち着いて……」 指に煙草を挟んだまま、両手を広げ、私に落ち着くように促す。 「沙羅が……連れ込まれたみたいで……それで1人で抜け出したみたいなんだけど……服も着てなくて……怖くてホテルの外に飛び出して1人で隠れてるみたいで……でも泣いてるから特徴とか良く分からなくて……もう電話も繋がらなくて……」 沙羅から聞いた情報を何も整理できずに並べていく。頭が回らない。不安が煽る。助けて欲しい。 「あー。黒っぽい……あー確かか分からないけど心当たりある。ちょっと待ってて。おい。俺だ。車回せ。ショウヤのやつ。そう。ロザンナにだ。場所が変更になったら連絡する。いや、運転手だけでいい。すぐ向かわせろ。んー征也はツラがいかにもだからな。春樹が運転しろ。征也たちは先に店行ってろ」 九条さんは胸ポケットから電話を出すと、連れていた人たちに視線を合わせながら、電話越しに指示を出す。指示された人たちはそれぞれに頭を下げて、その場から離れていった。 「分かりました」 「わんちゃん。多分なんだけど……今から沙羅の言うホテルに向かうから、嫌だろうけど、とりあえず俺の車に乗って。沙羅が優先だ」 春樹と言うまだ高校生にも見える色白の男の人と九条さんのあとをついて行く。歩くペースが早くて小走りになる。見失わないように歩くことで息が上がり、流れるように進む九条さんの空気に不安が少しだけかき消されていった。   「……場所が……分かるんですか? 」 「……ああ。恐らくだけどね……そんなに遠くないから。車そこだから乗って」 不安が現実を見失わせるようで、あの日見たスモークの貼られた真っ黒な車は、夜の町の明かりを反射して昼間見るよりもずっと町に溶け込んでいた。扉を開けて私を中へと促す九条さんはこんな時でも紳士的で、慌てて車に乗り込んだ。 「電話繋がらないんです。まさか……死んじゃって……」 「大丈夫。大丈夫だから。電話かけて。すぐ着くから」 「……どうしよう……沙羅にもしもの事があったら……」 足を止めたことで脳内が冷静さを取り戻して、一気に不安が押し寄せてきていた。携帯を持つ手が震える。喉元が詰まって、息苦しいせいか頭の中が黒く染まっていくようだった。 「わんちゃん……落ち着いて。大丈夫。電話かけて。もし……携帯が落ちていれば音で居場所が分かる。ちゃんと見つかるまで俺がそばにいてあげるから」 九条さんが暗闇の中で、私の手を強く掴む。痛いほどの力強さが、手の震えをおさめていく。 「……はい」 泣くな。今は泣いている場合じゃない。沙羅を助けるんだ。沙羅は生きている。そう願いながら電話を鳴らした。
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