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「いまだ現役継続中、ってわけじゃないよ。あんたの言う通り、実質引退状態だった。それを、この橋本って男に引っ張り出されたのさ」
何か言い分のような俺の言葉を聞き、日野は「ニヤリ」と笑った。
「ほほう……。ということは、やはり『あれ』のことかね……?
橋本も「我が意を得たり」といった表情で、「まさに、その通りです」と、小さく頷いた。
「ここが、片山さんにもお見せしました、『カイン』を製造している場所です。もちろんここだけではありませんが、私が知る限り、信用に足り得る確かなものを製造していると言えるのは、ここだけだと思います」
橋本のその言葉を受けて、日野は「ふふふ……」とほくそ笑み。
「まあ実際、他のところはウチよりも安値でロット数も多いかもしれんが、その分『純粋なもの』と言えるかどうかは、疑わしいだろうな」
そう言って腕組みをしている姿は、日野自身も「ここの品質」には相当自信を持っているように思えた。
「わしはここ数年来ずっと、この廃工場とは違う研究所に1人で籠って、『カイン』についての開発・研究を続けていた。で、一年くらい前にようやく『試薬品』と呼べるものが出来上がり、それを知り合いのバイヤーを通じて、信用出来る何人かに試してもらった。そしたら、爆発的にウワサが広まってな……自分の作り上げたものの『効果』が実感できたのは良かったが、バイヤーが次々に押しかけるようになっちまった。
これはたまらんと思い、その研究所は引き払って、ここに『身を隠した』というわけだ。バイヤーたちには、カインの試作品だけを渡してな。他で売られているものは、その試作品を薄めたものか、もしくは『改悪』したものだろう。純然たるカインは、本当に信用できる者にしか渡さぬことにした。そこにいる、橋本君のようにな……。
なんたって、『ここ』を見つけ出すだけでも相当なものだと思ったからな。普通なら、足を踏み入れることを躊躇うだけでなく、近づこうとさえ思わぬ場所だ。それを独自の調査で見つけ出すんだから、大したもんだよあんたは」
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