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そしてカオリは今日も、その「すれすれのブツ」を昔ながらのやり方で接種することによる、「禁断の味」を噛み締めていたのである。「懐古セット」にはブツを溶かすスプーンからスプーンを熱するアルコールランプまで付いていて、至れり尽くせりだ。確かに、オール電化キッチンの「火の無いコンロ」でスプーンを炙っても、それは「味気ない」と感じるだろうなとは想像出来た。
カオリはいかにも「ヤク中」といったうつろな目をして、ベッドにいる俺の横にごろりと横たわった。この「いかにもヤク中」という風情が、彼らにはたまらないらしい。どれだけ健康に気を使っても、環境に気を配っても。もう、「未来に先はない」ことを、誰もが肌感覚で察していたのだから。薬物天国と化し、秩序が崩壊しかけた世界で、「バラ色の未来」を夢見ることの出来る奴の方が珍しかった。
「ねえ、史郎……知ってる? 世間には出回ってない、凄いブツがあるっていうウワサ。あまりにヤバいんで、それだけは合法化されなかったっていう、いわくつきのやつ。『SEXtasy』って名前の、とびきりイカした、イカれたクスリ……」
カオリは焦点の合わない目で、俺にそう問いかけてきた。SEXtasyのことなら、今時知らない奴の方が少ないくらい、「一般常識」として情報が拡散されている。ただその正確な効果や、本当に実在するのかどうかという「真偽のほど」まで把握している奴は、そうそういないだろう。かく言う俺も、その名前は聞いたことがあったが、実際に見たことはなかった。それだけに、カオリのような「禁断の味」を求める奴らだけでなく、多くのまともな「薬物使用者」にとっても、その名前は何か、胸の高鳴りを感じさせるような響きを含んでいた。
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