第1章 繁華街での出会い

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第1章 繁華街での出会い

 愛だとか恋だとか、全部面倒だ。  仕事で成果を出して、金が稼げればそれでいい。身体が寂しくなれば適当に見繕う。そこに感情なんか要らない。  仕事が恋人で結構。二兎追うものは一兎も得ず、とはよく言うが全部を手に入れるなんて出来るわけがない。だから早々に松本雅は仕事へと努力の舵を切った。  イルミネーションが眩しく光る大通りを歩く。クリスマスの装飾に浮かれたカップルをかき分けて進んでいけば、通い慣れたネオン街が見えてくる。  ここはいわゆるゲイタウンと呼ばれる地域で、雅も成人したての頃からよく世話になっていた。幼少期から男しか好きになれなかった雅が、上京してきてから見つけたオアシスのような場所。好きな仕事をしていると言えども鬱憤は溜まる。そんな時はここで誰かと身体の熱を分かち合うのが一番だ。  この街に来れば自然とゲイが集まる。たまに観光目当てのノンケも来ているが、そう言った客層のバーには一切近寄らない。ノンケには絶対手を出さないと決めている。望みのない恋をしてもろくなことがないと雅は身をもって知っているからだ。 「さむっ」  ピュウッと乾風が吹いた。年末にもなると寒さと忙しさで体調を崩す人間も多い。必然的に雅の経営する整体院にも不調を訴える客が押し寄せてくる。患者の声に耳を傾けながら指一本で不調を取り除いていくのが雅達、整体師の仕事。 「えーっと……一週間前に宮崎が担当した腰痛が主訴の男性、症状改善せず。再度来店促し明日次回予約。次回ベテランスタッフで対応……ったく、宮崎も再研修だな」  各院から送られてくる日報を見ながら雅は思わずため息を吐いた。周りからしたら順調に見える店の経営も、蓋を開けてみれば課題が山積みだ。顧客満足度を上げるにはスタッフの施術の腕はもちろん、ホスピタリティーや一般常識なんかも身につけさせなければならない。それらを習得するには個々のモチベーションも大事だ。給与はもちろん、環境を整えるのも雅の仕事である。  二十代の頃、勤めていた院でトップの実力を取った後に独立。それから自身の名を冠した「まつもと整体院」を立ち上げ、今月新たに三つ目の分院を始動させたばかりだ。 「あー……でも相澤も高崎も休みか。熊川は予約あり、となると俺が出るしかないな」  足りない部分は自分が出ることでカバーする。新しく何かを立ち上げるということはいつも以上に自分の身を削るということ。自身もスタッフと同じ目線でいるために現場に赴き、現場に足りない部分を補った上で、患者を安心して預けられるようにスタッフを育てていく。 「よし、これで日報は全部か」  送られてきた日報に全て目を通し、仕事用の携帯の電源を落とす。仕事も大事だがいつまでもそればかりでは息が詰まる。久しぶりに時間を見つけて繁華街にやってきたのだ。楽しまなければ損。久々にやってきたこの街で〝今夜の相手〟を見つける為に雅はいつも以上に気合を入れてきている。  真っ黒な髪は施術時も邪魔にならないよう、前髪は切り揃えられ、後頭部も奇抜にならない程度に刈り上げられてすっきりとしている。今日はワックスで前髪を横流しにしてラフさを出してみた。メガネは仕事用とは違い、ここぞという時のためのブランドのモノだ。細身の銀縁がスタイリッシュさを醸し出す。ワイシャツにセーター、ジーンズはすべて下ろしたて。靴はお気に入りのイタリア製の革靴。そしてトレンチコートは数十万したもので、独立開業する際に思い切って買ったものだ。  今夜はどんな男が雅を待っているのだろう。  自慢じゃないが雅は三十七という歳にも関わらず、狙った男は絶対に落とす。切長な目が印象的な勝気な顔立ち、年齢よりも若く見えるところも相まって男に苦労することはない。  好みの男を見つけたら言い寄って、抱かれる。普段上に立って面倒を見ている分、誰かに抱かれると言うのはなんとも言えない安心感と心地よさを感じた。 「ちょっと! 雅!」  今日はどのルートで攻めていくかを考えていたところに背後から声をかけられる。聞き覚えのある声に思わず振り向くと、そこには。 「ちょうどいいとこにいた! 来てちょうだい!」 「……なんだ、モモちゃんか」 「なんだもクソもないわ! いいから来てちょうだいっ!」  行きつけのゲイバーのマスター、モモが血相を抱えてこちらに駆け寄ってきた。彼の店はもう少し遅い時間から営業のはずだ。それなのに一体こんなところで何をしているのだろう。 「ちょっと待て。引っ張るなよ」  意味が分からずに腕を引かれて彼の店の前まで行くと──。 「うぅ……」  まず聞こえてきたのは唸り声。それから下の方に目線を向けると道路に蹲っている青年がいた。日に焼けた肌、伸びっぱなしの茶色の長髪はところどころに染めムラがある。チャラチャラした見た目の彼が何かを耐えるようにして蹲っている様子はどこかアンバランスな印象を与えた。 「一体どうしたんだ」 「瓶ケースを店内に入れてたんだけど……その途中で通りすがりのこの子が道を尋ねてきたの。それで答えたお礼にって瓶ケースを店に入れるのを手伝ってくれたのよ。全部、運び終わって立ち上がった瞬間に腰をやっちゃったみたいで」 「ギックリ腰か。災難だな」 「アンタ、プロでしょ? 助けてあげて。今夜の飲み代全部奢ってあげるから」  別に飲み代なんて雅からしたら雀の涙程度だ。見ず知らずの青年を助ける義理はない。しかし雅は整体師だ。身体の不調を訴えてる人間を見捨てるということは出来なかった。 「助ける、って言ったってな……施術するにも場所がない」  モモの店はカウンターのみの小さな作りだ。とてもじゃないが人が寝そべることが出来るほどの場所はない。 「ホテルでいいじゃない。ほら、これ」  一万円札を握らされる。歩いてすぐ近くにラブホテルはある。少し考えて雅は彼に声をかける。 「さすがに歩けないよな? タクシーを呼ぶか?」 「何とか歩けるんで……すいません、本当」 「いや、いいんだ。応急処置しか出来ないけど」 「お兄さん、お医者さんなんすか?」  大きな体躯を抱き起こし、青年を支えながら歩き始める。筋肉質で背丈は雅よりも大きく、支えるのにも一苦労だ。しかし雅よりも彼の方が辛いだろう。 「医者だったら良かったんだがな」  一歩一歩踏ん張って歩きながら彼の問いに答える。踏ん張った拍子に靴底がジャリッと音を立てた。 「俺はただの整体師さ」  支えられながらも辿々しい足取りで進む彼の額から汗がポタリと垂れた。ホテルまではもうすぐだ。
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