第1章 繁華街での出会い

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「生理現象だ。気にするな」  青年を、そして自分自身を宥めるように声をかけた。声が少しだけ上擦る。青年は気まずそうに目を逸らしたまま。  先ほどまで施術の対象としか見ていなかったが、改めて見ると青年は雅の好みそのものであった。立派な鼻梁。優しげな垂れ目。がっしりとした輪郭……。身体もしっかりと筋肉がついていて、日に焼けた小麦色の肌が何とも言えない色気を醸し出している。胸元に浮き出る鎖骨に雅は不覚にも欲情した。 「なぁ、君。名前は?」 「と、虎臣。岩田虎臣っす」 「虎臣か。いい名前だな」  ゆっくりと膨れ上がった股間部分に手を伸ばす。そもそも今日は〝そういうつもり〟でこの街にやってきた。そっと慈しむようにジーンズの上から膨らみを撫でると虎臣と名乗った青年はゴクリと喉を鳴らした。 「お礼をしてくれるんだろう?」  この街は日本でも有数のゲイタウンであるのは一般人でも知っている。ましてやモモの店で手伝いをしていたのだ。彼もまたこちら側の人間であるに違いない。別に対価が欲しくて虎臣を助けたわけではないが、一度点いた欲の火を消すのは至難の業だ。 「いや、俺は……あの、お兄さん……」 「君はそれなりに経験がありそうだけど」  虎臣は雅の問いかけに首を横にぶんぶんと振った。顔は茹蛸のように真っ赤で、先ほどとは違う意味の汗がたらりとこめかみを伝う。遊び慣れたような外見からは想像できないような初心な反応に雅はさらに興奮した。  どうしていいのか分からないらしく、虎臣はオロオロと目を泳がせる。それが雅の加虐心を更に煽った。内腿に手を這わせては股間の膨らみをそっと撫で上げて、先端をカリッと引っ掻くとビクンと虎臣は肩をひくつかせた。 「お兄さん、ダメっす。そんな、こういうのは恋人同士で……」 「生憎、決まった相手はいなくてね」 「綺麗な顔してるのに?」 「綺麗と言ってくれるなら……俺を抱いてくれるかい?」  そんな虎臣を揶揄うように雅は目を細めた。施術で少しズレたメガネの位置を直しながら、挑発的な眼差しを向ける。 「え、いや……そのっ」 「ふふ、冗談だ」 「……いける、かも」  揶揄うつもりが虎臣の方からとんでもない返しが来たので思わず目を見開く。いける、ってことはつまり……。 「俺とセックスが出来る、ってことか?」 「ってか俺、セックス……したことなくて」 「……童貞、なのか?」 「あの、口に出して言わないで貰ってもいいすか?」  いかにも遊び慣れていそうな風貌なのに童貞。おまけに顔面も身体つきも好み。どうせ興味本位だろうし、恋愛どうこうに発展することもないだろう。 「じゃあ、俺で試してみる?」  再び虎臣の股間に手を伸ばした。答えを聞く余裕なんかない。虎臣は顔を赤くして逸らしながらも視線は雅の手に釘付けだ。ゆっくりと履いていたズボンのボタンを外しチャックを下げる。そのままボクサーパンツに手をかけてズボンごと下げるとブルンッと勢いよく熱塊が顔を出した。 「随分と立派だな」 「そんなマジマジと見ないで下さいっ!」  顔を近づけると汗と雄の匂いがした。それだけで下腹部が疼く。しかし虎臣は腰を痛めているからあまり無茶は出来ない。せめて口だけでもこの立派な陰茎を味わいたい。  大きく口を開けて咥え込む。しょっぱくて青臭い。唇で茎を扱きながら喉奥に亀頭を擦り付ける。その度に虎臣は呻き声を上げた。口の中で拍動を感じるのではないかというくらいに張り詰めている。 「くっ、うぅ……ハァ……お兄さん……」  息を上げながらも必死に堪える表情が可愛くて堪らない。口から陰茎を出して今度はチロチロと舌先で鈴口を揶揄う。 「ちょっと咥えただけでこんなにもパンパンじゃないか」 「だって、口ン中……すっげえ気持ちいい」 「もっとしてほしい?」  何も知らない青年にこんな淫らなことをしていると思うと興奮が止まらない。最初は人助けのつもりだったのにこんな流れになるなんて思ってもいなかった。 「あ、あの……俺」  焦らすように裏スジを舐めながら、咥え込んで吸ったりを繰り返す。その度に虎臣の脚に力が入るのが分かった。もっと追い詰めたい。可愛がりたい。ムクムクと膨らんでいく悪戯心。もっと深く咥え込もうとしたその時頭をグッと押された。 「ご、ごめんなさっ、やっぱ! 無理っ‼︎」  押しのけられてちゅぽん、と口から陰茎が飛び出た。まさかの拒絶に呆然としていると白の飛沫が眼前に飛んできてそのまま顔面にかかった。べっとりとした熱い白濁が頬を伝う。虎臣の吐き出した白濁は眼鏡のレンズにも付着し、視界を白く覆った。 「うわっ、す、す、すいませんっ!」  慌てて伸ばしてきた虎臣の手を雅はやんわりと跳ね除ける。そしてサイドチェストにあったティッシュを取り出すと丁寧に眼鏡を拭い、顔を洗いに洗面所に向かった。 「あの、本当に、すいませんっ!」  ドタドタと背後から足音がついてくる。それにも反応せずに洗面所で顔を洗いフェイスタオルで濡れた顔を拭った。 「……すまなかった。調子に乗った。こちらもやり過ぎたな」 〝無理〟と言う言葉に興奮していた心は一気に冷めていった。拒絶されたのはいつぶりだろう。百戦錬磨の雅の、エベレストよりも高いプライドに傷がつく。 「違うんすよ! 嫌だった訳じゃなくて!」 「でも君は無理と言った」 「あの、それはそう言う意味では……」  まるで叱られた犬が飼い主の機嫌を取るような顔をしている。別にそんな顔をしてほしい訳ではない。相手の確認もろくに取らずに事に及んだ自分にも落ち度はあるのだ。 「すまなかった。元々は君の腰をどうにかしてやろうとしてここに来たのに。だが、生憎俺も溜まっていてな。今日は相手を探しに来ていたんだ。君の反応を見て勘違いした。こんな歳にもなってみっともない……どうか忘れて欲しい」  手早く荷物を纏めて部屋を出ようとする。すると虎臣はズボンも履かないまま雅の後を着いてくる。 「お兄さん! 聞いてくださいよ!」 「……ホテル代はもう払ってある。これはタクシー代にでも使ってくれ」  財布から一万円札を取り出すと虎臣に無理やり押し付けた。そして振り返ることもなくドアノブに手をかける。 「お大事に」  後ろから聞こえる引き止める声に耳を貸すこともなく扉を閉めた。バタンッと乱暴な音が廊下に響く。  今日は散々な一日だ。  ゲイが相手なら百発百中落としてきたのに、あんな若い青年に拒否されてしまうだなんて。プライドにも傷がついたし、何より彼の言った「無理」という言葉が頭の中を何度もリフレインしている。  もう今晩の相手を探す気力もない。来る時はカツカツと陽気な足音を立てていた革靴が、虚しい音をアスファルトに置き去りにするように響かせていた。
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