第2章 いきなり?同棲!

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第2章 いきなり?同棲!

 雅がスタッフ研修を終えて院を閉める頃には二十三時を回っていた。まつもと整体院がある商店街の他の店はどこも灯りが消えて、昼間の活気が嘘のように静まり返っている。  予定よりも少し遅くなってしまったのでもう虎臣は帰っているかと思ったが、院の前で身を縮こませながら雅を待っていた。 「本当に待っているなんて」 「だって松本さん、約束してくれたじゃないすか」 「前々から思っていたが、君は少しが人が良いというか、他人を信用し過ぎなんじゃないか?」 「へへっ、松本さんに褒められると嬉しいっすね」 「いや、褒めてはいない」  夜の寂しさが漂う商店街。暗がりを駅の方へと歩いていく。途中、何人かの患者とすれ違い軽い挨拶を交わす。釣られて横で虎臣も会釈をした。 「院長先生ったらイケメン連れちゃって!」 「あら、私は院長先生一筋よ?」 「私だってそうよ。でも、この子優しそうなイケメンよね。新人さんかしら」  途中、飲み会帰りの町内会の奥様方に捕まった時は厄介だった。なかなか離してもらえないのを、曖昧な笑みで濁す。まさかこの青年に手を出してしまい面倒なことになっている、なんて言えるはずもない。 「この駅周辺じゃ患者様も多い。話を聞かれたら面倒だから俺の家の近くの居酒屋でもいいか?」 「いいっすけど……俺、入れるかな」 「酒は飲めないのか?」 「いや、俺まだ十九なんで」 「じゅ、十九……」  ただでさえノンケに手を出してしまったというのにそれに付け加えて十九歳……成人していると言えど、まだ酒も飲めない青年に手を出してしまった。まだ十代なのに夜の街を不用心にで歩くんじゃない、とついつい小言を言いたくなる。 「じゃあファストフード店でいいか? 都心の駅だから二十四時間営業の店もある」 「はい! ハンバーガー食べたいなぁ」  雅の心中なんて察しもせずに虎臣は目を輝かせていた。駅周辺まで辿り着くと街路樹が電灯で飾り付けられていて、どこからともなくクリスマスソングのBGMが聴こえてくる。  雅はこのような光景を見ても特段何かを思うことはなく、それよりもその先にある年末年始の休みに想いを馳せるのが常だった。 「なんかロマンチックっすね」  虎臣は電灯でぐるぐる巻きにされた街路樹を見上げながら口にする。一方の雅は「これだけの電灯を点けると一晩でどれくらいの電気料金がかかるのだろう」なんて非現実的なことを考えていた。虎臣の純粋な言葉にまた一つ罪悪感を覚えた。  雅の家の最寄りは主要のターミナル駅から私鉄で一駅のところで、繁華街の方へも徒歩で行ける範囲だ。馴染みのバーで深酒しても歩いて帰れる立地をとても気に入っている。  近くのファストフード店で適当に喋って帰ろうと思っていたがどこも満席だった。若者が時間を潰すにはもってこいの場所だからこそ、終電間際は特に混み合うらしい。 「居酒屋もダメ……ファストフード店もアウト。あと、いけるとしたら……」 「あの、俺……公園とかでもいいっすよ?」 「腰を痛めてるヤツと寒いところで話せるほど俺は無神経ではない」 「松本さんのお陰で腰はもう大丈夫っす!」 「油断するな。あくまでも整体は対処療法。根本を解決できるわけではないからな」  連日の施術で虎臣の腰の状態はかなり良くなっていた。今日はより時間をかけて施術をしたし、しばらくは大丈夫だと思う。だがこの寒空の下、公園で過ごすのは虎臣の腰に負担がかかりそうだ。そして何より雅は寒いのがあまり好きではないのでなるべくなら屋内の方がいい。 「……あまり気は進まないが、俺の家に来るか?」 「え? いいんすか?」 「構わない。ただしあまり掃除できていないから汚いぞ。それでもよければ」 「松本さんと話せるならどこでも平気っす! ……松本さんの家、オシャレなんだろうな」  昨日出会ったばかりなのにこんなにも懐かれるなんて、全くの想定外だ。手を出した自分が言う権利はないがどうにかして興味を逸らせたい。  知り合って間もない人間を部屋に招くなど普段の雅は絶対にしないが、これは計算の上での行動だ。雅の家に来れば虎臣は嫌でも幻滅するだろう。いや、してくれないと困る。  大通りをいくつもの車が過ぎ去っていく。排ガスの匂いが雅の鼻を掠めた。嫌な匂いに顔を顰めていると何を思ったのか、虎臣は自ら車道側に立ってを守るように歩みを進めた。 「うわっ! 本当に汚ねえ!」 「だから言っただろう? 汚いって」  散乱する参考書。いくつものゴミ袋。出しっぱなしの皿。シンクに溜まる洗い物。脱ぎ散らかされた服──多忙故に帰って寝るだけになっている2DKのマンション。外観が立派なだけにこの散らかり具合は残念極まりない。 「あの、これ……俗に言う汚部屋ってヤツじゃないっすか」 「俺と話せるならどこでもいいんだろう?」  実のところ、雅は全く家事が出来ない。  掃除、洗濯。料理に至っては中学生の頃の家庭科の授業以来包丁を握っていなかった。一ヶ月に一度、ハウスキーパーを呼んでいるので辛うじてこの程度の汚さに留まっている。院のことになればしっかりと掃除が出来るのに、自分のこととなるとまるでダメだ。  これを見たらさすがの虎臣も引くかと思ったが、少し驚いた程度でいそいそと参考書を片付け自分の座るスペースを確保する。出ていく素振りもないので腹を括って話を切り出した。 「さて、早速だが本題に入らせてもらうぞ」  コップを一つ洗ってインスタントのコーヒーを注ぎ、自分は缶ビールを手にローテーブルに座る。 「まず、俺はノンケには手を出さない主義なんだ」 「のんけ? ってなんすか?」 「あー……君みたいに女性を好むタイプの人間のことを指す。恥ずかしい話だがあの街に居たということは君も同じゲイなんだと思って。だから、ノンケである君とどうこうなろうと言うつもりはない」  すると垂れ目が今にも泣きそうな目つきに変わる。 「そ、そんなぁ……だって、松本さん。俺のちんこ、舐めたじゃないっすか。それに俺……のんけ? かどうかも分からないっす。男を好きになったことはないけど松本さんは嫌じゃない、つーか……忘れられないし。俺、ちんこを親以外の誰かに見せたの修学旅行以外ないんすよ。は、初めてだったのに」  そんな風に言われたってノンケなのかバイなのかも分からない男にこれ以上深入りは出来ない。しかし、それ以上に〝初めて〟という単語に元々あった罪悪感が一気に膨らんでいく。 「無理なものは無理なんだ。俺がしでかしたことがきっかけだがどうか分かってほしい」 「なんでノンケ、ってのには手ェ出さないんすか?」  真っ直ぐな目に心が揺らいだ。本当は思い出したくもない記憶だが、ちゃんと話すのが虎臣に対しての誠意なのかもしれない。こんな風にややこしくなったのは全て雅の勘違いから始まったのだから。
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