第2章 いきなり?同棲!

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「俺は医者になりたかった。実家が整形外科を営んでいてな。猛勉強して医大にも入ったんだ」 「すげぇ! 医大とかめっちゃすごいじゃないすか!」 「……だが、卒業までには至らなかった」  嫌な汗が噴き出る。気を紛らわそうと缶ビールを煽ったがそれでも小刻みに手が震えた。心配そうに見つめる虎臣の視線と目が合わないように目を伏せながら続ける。 「同級生を好きになってしまってな。親友だった。だからこそ受け入れて欲しかった。せめて自分がゲイであることだけでも分かってもらえたら……縋る思いで打ち明けたら、その翌日から噂が大学中に広まっていった」  あの時の絶望と悲しみを決して忘れない。今まで仲の良かった友人が急に避け始め、中には性事情を聞いてくる者までいた。 「耐えきれなくなって学校を辞めた。事情を知らない親はそれを咎めたよ。一気に関係が悪くなった。逃げるように家を出てバイトを転々としていた時に出会ったのが以前勤めていた院の院長だったんだ」  二十年近く前はまだ同性愛に対して理解が進んでない時代だった。差別はいけない、そう学校で教えられても根本は変わらない。 「すごく苦労したんすね……」 「でもお陰で整体師として人一倍精進できたし、独立開業までして院を三つも持つほどに成功できたんだ。だからこそ、仕事を一番にしたい。だからノンケには……」 「でも俺」  グッと前のめり気味に迫られたかと思ったら手を握られた。雅よりも大きな手のひらは温かく、かすかに汗ばんでいる。 「松本さんの秘密をバラすようなクソ野郎じゃないっす!」  その瞳は雅だけを見つめていた。こんなに真っ直ぐに見つめられたら……胸の奥から何かが込み上がるような感覚に戸惑いを覚えた。 「松本さんは傷ついたんすよね。で、まだその傷が治ってない。なら、俺が絆創膏になるっす。治るまで側にいるから、チャンスを下さい。俺が本当に大丈夫って分かるまで俺のこと、試してください」  誰かにこんなにも熱い想いをぶつけられたことが未だかつてあっただろうか。だが、雅のトラウマは情熱を向けられただけで乗り越えられるほど容易いものではない。 「何故、君が俺にそこまで執着するか分からない」  ただ一夜の過ちを犯しただけだ。それなのにここまで深い感情を相手に抱けるのは何故だろう。真っ直ぐな気持ちを向けられて恐怖を覚えたのは初めてだ。 「ずっと困ってたから、助けてもらった時……本当に嬉しかったんすよ。だから恋愛的な意味じゃなくても恩返しをしたいっす」 「大袈裟だな」 「あの、これ……提案なんすけど。俺が家事を全部やるんでしばらく住まわせてもらえませんか?」  そんなこと出来るわけがないと、拒否をしようとしたが出来なかった。虎臣の提案は下心が含まれているが利害が完全に一致している。家がなくその日暮らしをしている虎臣。広い家を持て余している家事の出来ない雅。現場仕事なら顔を合わせる時間も少ないはずだ。その中で家事をやってくれるとするならば……ハウスキーパーを呼ぶ必要もないし、何より家のない虎臣を助けるという大義名分もある。 「俺、飯作るの得意なんすよ。母親がいなかったんで家のことは俺がやってて。だからどうか……ダメっすか?」  なにより虎臣に頼まれるとどうしても断れない自分がいる。ノンケには手を出したくないが好みの顔立ちだ。そんな相手から懇願されて落ちない相手はいない。 「……分かった。一週間だけだ。あくまでも君が困っているから家に置く。あと俺は絶対に君と恋仲にはならない。それを理解出来るなら構わないぞ」  念を押すように言うと虎臣は先ほどまでしょぼくれていたのが嘘のように目を輝かせながら何度も頷いた。 「いっぱい役に立ちますからね!」  あくまでも家を一週間貸してやるだけだ。何度も自分に言い聞かせる。チビチビと幸せそうにコーヒーを啜る虎臣を目の前に雅は大きなため息をついた。
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