第六話

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第六話

──最後のチャレンジャーは人族出身、千夜孤(ちよこ)黎人(れいと)選手ぅー!── 派手な紹介アナウンスにも、会場の拍手はまばらでした。 無理もありません。 実力のある先の二選手が、ものの見事に失敗に終わったのです。 何の能力も持たない人ごときが、うまくいくはずがない…… 恐らく、皆そう思っているのでしょう。 「マスター……」 シロップが、心配そうな顔を向けます。 「大丈夫だよ。きっとうまくいくさ」 その言葉に安心したのか、シロップの表情がぱっと明るくなります。 「さあ、始めよう!」 私は気合いを入れると、マンドラゴラのシートをはがしました。 そして、先ほど出て来た容器に手をかけます。 「いいかい。せーので、中身をマンドラゴラの上に()くんだ……せぇーのぉー、それ!」 掛け声と共に、容器の内容物をぶち撒けます。 マンドラゴラの葉茎は、野菜と果物の皮ですっぽり隠れてしまいました。 「よし。じゃ次は……」 私は再び調理台を操作し、小さな器具を取り出しました。 それは小型のでした。 「シロップ、僕が合図したら、これで端材の皮に火をつけてくれるかい」 そう言って点火用具を渡すと、私はこんもりした端材の中に分け入りました。 中央付近まで辿り着くと、両手を突っ込んでゴソゴソ探ります。 「……お、あったぞ。よーし!」 私は振り向き、シロップに目で合図します。 シロップは頷くと、端材に点火しました。 たちまち、白煙が立ち昇り始めます。 「あそれ……よいしょっと!」 スポンっ! 私はすかさず、マンドラゴラを引き抜きました。 最も緊張する瞬間でしたが、鳴き声はありません。 予想通り、積もった端材が光を遮っているからです。 私は抜いたマンドラゴラを、ゆっくりとその場を離れました。 「ふう……」 神経を使ったせいで、思わずため息が漏れます。 「お疲れ様です。マスター」 汗を拭う私に、シロップが駆け寄ります。 「ここまではうまくいったよ。あとは時間との勝負だ……恐らく、ギリギリだろな」 私は、そう言って時計を見ました。 ふと気がついて会場を見回すと、水を打ったように静まり返っています。 この人族の青年は、一体何をしているのだろう…… 皆そんな顔をしていました。 ************ 「……そろそろかな」 そう呟くと、私は用意していた細長い針金と金ばさみを持って、再び端材の丘に上りました。 全体がぷすぷすと焦げて、黒くなっています。 私はマンドラゴラのあたりに、針金を二、三度差し込みました。 僅かに手答えがあります。 次に金ばさみを差し込むと、ゴソゴソとかき回し、そっと持ち上げました。 その先には、赤茶けたマンドラゴラが挟まっていました。 会場から、どよめきが起こりした。 中には、慌てて耳を塞ぐ観客もいます。 しかし、鳴き声は起こりませんでした。 しっかりと中まで火が通り、ただの焼けた植物になったようです。 私は、それを皿の上に乗せました。 驚き顔のシロップにウインクし、私は笑みを浮かべます。 それを見て安心したのか、彼女もニッコリ笑います。 時計を見ると、終了三分前です。 まさにギリギリでした。 私は手を上げ、調理終了の意思を示しました。 プワーーーン! ほどなく、試合終了のチャイムが鳴り響きました。 マンドラゴラの乗った皿が、調理台に吸い込まれていきます。 どうやらそのまま、審査員席に運ばれて行くようです。 審査員席は、会場の最前列にあります。 そこには、見事な顎ひげを生やした、小さな老人が座っていました。 多口族のテイスト族長です。 この大会の審査は、全てこの老人が行うのです。 やがて審査員席のテーブルに、調理されたマンドラゴラがせり上がってきました。 テイスト族長は(いぶか)しげな表情で、じっとそれを眺めています。 族長はナイフを手に取ると、真っ二つに分断しました。 たちまち真っ白な湯気が立ち昇り、黄金色に輝く中身が現れます。 興味に目を光らせた族長は、掌をそれに近づけました。 まるで粘土をこねるように、モゴモゴと手が揺れました。 よく見ると、でマンドラゴラを食しているようでした。 なるほど…… これが、多口族と呼ばれる所以(ゆえん)か。 私は、ひとり納得したように頷きました。 「これは……うまい!」 突然、甲高い声が上がりました。 見ると、テイスト族長が目を丸くしています。 なんとも言えない至福の表情です。 族長は、そのまま無心に食べ続けました。 会場全体が、水を打ったような静寂に包まれます。 皆、信じられないといった顔をしています。 しばらくして、食べ終えた族長がやっと口を開きました。 「……いや、実にうまかった。素材の持つ甘みが、ホクホクとした食感と共に口の中でとろけるようだ。しかし見たところ、調理といっても端材の皮で(いぶ)しただけのようだったが……何という料理かね、これは」 「これは……【】です」 私は少し胸を張ると、声高に答えました。 「ほう……【焼き芋】とな?なんで、この料理を思いついたんだね?」 「決め手は、マンドラゴラの成分です」 私の返答に、族長は不思議そうに首を(かし)げます。 「成分表を見てるうちに、それが他のある食材と非常に類似していることに気づいたのです。その食材は、昔ニホンという国で作られていた【】という野菜です」 また会場内が、おぉーと(どよ)めきます。 しかし今度は、驚きの中に感心したような響きがありました。 「私は祖父の書いたグルメ帳に、この【サツマイモ】の調理法が無いか探してみました。すると枯葉を使って(いぶ)すという調理法がありました。それが、この【焼き芋】なのです」 そう言って私は、(ふところ)からグルメガイドを取り出しました。 「ところが、調達倉庫のリストには枯葉がありませんでした。そこで、使い捨てられた野菜の皮などが利用できないかと考えたんです。恐らく、放置された状態で水分が抜けているんじゃないかと……出てきた端材を確認すると、予想通りカラカラに乾燥していました。そこで、これを代用することにしたのです」 振り向くと、シロップが黒く焦げた皮の残骸を手に乗せています。 握りつぶすと、パリパリと音を立てて飛散しました。 「【焼き芋】の作り方は、いたってシンプルです。燃える枯葉の中で、一定時間放置しておくだけです。言い換えると、抜いたマンドラゴラは、端材から取り出す必要が無いという事です。これで、催眠波の心配が無くなった訳です」 そう解説し、私は深々とおじぎをしました。 マンドラゴラを引き抜いて── 光をあてずに調理する── 非力な人族である自分が、それを可能にしたのです。 私の胸は、言い知れぬ満足感で一杯になりました。 「……なるほど」 テイスト族長が、感心したように何度も頷きます。 「君の料理は、私の全てを満足させた……実に見事だ!」 ──この組の優勝者は、千夜孤(ちよこ)黎人(れいと)選手です!── 間髪入れず、場内アナウンスが流れます。 それを合図に、割れんばかりの拍手と歓声があがりました。 「さすがデース!マスター♡」 そう叫んで、シロップが首元にしがみついてきました。 二つの巨大なメロンが、私の顔をグチャグチャに挟みこみます。 「ちょ、シロップ……息が……息が……」 フガフガ(わめ)く私を尻目に、テイスト族長はゆっくりと席を立ちました。 そのまま(きびす)を返し、出口に向かいます。 「て、テイスト族長……フガ……一つお聴きしても……フガ……よろしいでしょうフガ?」 シロップのメロンを頭に乗せたまま、私は慌てて呼び止めました。 どうしても、聴きたい事があったからです。 「何かね?」 振り返った族長は、穏やかな声で答えます。 「通常、味覚というのは五種類しかありません。甘味、塩味、酸味、苦味、旨味の五つです。しかし、あなたはを感じ取れると聴いています。後学のため、ぜひ教えてください……は何ですか?」 私の質問に、テイスト族長は片目をつぶってみせました。 そして、お茶目な口調でこう言いました。 「だよ」 優しい笑みは、威厳に満ち溢れていました。
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