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Episode 8
リィとの生活が始まってから暫くして、智沙子は彼と共に産婦人科へ来ていた。花岡産婦人科といって、都内では有名らしい。
見るからに大きな病院で、インターホンから名前を告げると、裏口から入るよう支持を受け、ベテランそうな医師が椅子に腰かけ、待ち構えていた。
「柊 智沙子さんですね? どうぞ。そこに横になって」
診察室ですぐにエコー検査が始まる。
リィは智沙子の手を握って、まるで少年のように瞳を輝かせていた。
彼はこの日を心待ちにしていたようだ。
「これ、わかるかな?」
先生は、モニターのエコー画像を止めて智沙子に話しかける。そこにはピーナッツのような形のものが写っていた。
「はい」
「順調だね」
言葉は少ないけれど、色んな角度から大きさを測る先生。
「大丈夫でしょうか?」
「うん。問題は無いね。つわりはどう?」
「最近までしんどかったんです。最近やっと楽になった気がします」
「今回、血液検査しとこうか」
内診などの全ての検査が終わると、順調だと再度告げられ、二人ともほっとする。
「次の時には母子手帳持ってきてね」
先生のその言葉に心から喜びが湧き上がった。
「はいっ!」
「体調に変わりがあったらすぐに来て。つわりも続くようならば点滴とか楽にする方法は色々あるから」
「はいっ!」
赤ちゃんが元気に育っている。それはとても嬉しい事だった。リィも横で嬉しそうに頷く。
「先生、性別はわかりますか?」
「柊さん、まだもう少し経たないと分からないですね」
「先生、今、何周目ですか!?」
「10週目かな。予定日は……4月初めくらいかな」
「4月! 春に産まれるんですねっ!」
「ちょっと、はしゃぎすぎじゃない?」
智沙子は、浮かれ気味な彼を見て言った。しかしその顔は嬉々としていて、まるで小さな男の子のようだ。
先生に診てもらうのが終わり、また裏口から出て彼の車に乗ると、リィは運転席でガッツポーズをする。
「やった! 春に生まれる子だから名前考えとかないとな」
「うん。でも性別が分からなかったらまだ……」
言い淀む智沙子に対して、彼は真剣に考え出した。
「女の子ならな、女の子なら、すぐに思いつくよ。桜だろ? 美しい桜と書いて美桜。いや、咲くっていう漢字も良いな。それと良いって漢字で咲良。男の子なら、青空をイメージさせて難しい漢字の蒼と……」
「まだ気が早いって!」
本気で考え出す彼を見て少し呆れ顔になる。
「まだ安全な時期に入ったわけじゃないんだよ? やっとつわりがちょい楽になっただけなんだから」
そう。少し前までの2週間程は本当に辛かったのだ。
「でも仕事の休みを取って良かったよ。人生で一番幸せだ」
車にエンジンをかけると、二人してマンションまで帰る。
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