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目線を下にしてからソロソロっと、もう一度見直す。出来るだけ自然を装って。でも、やっぱり無かった。ホクロなんてどこにも。
「どした? ちいちゃん」
こちらに近づいて来る彼はなんだか口角を上げているように見える。笑ってる?
「い、いえ、あの……、なんでもないです」
シャツから手を離して手をサッと流水で洗うと、こちらも笑い顔を作った。
「俺とお風呂入りたい?」
入りたくない!
「怖い顔! ちいちゃんてたまにそういう顔するんだよなあ。じゃ、俺から先に入っていい?」
「どうぞ」
「愛想ないな〜」
智沙子は無視してソファへと戻り、残ってるパスタサラダを食べにかかる。彼の食べたあとはそのままだからそれを片付けながら。そして不思議に思った。
どうして? 遥輝の言ってたホクロなんて無いじゃない。テレビ越しだったから、なにか汚れていてたまたまそう見えた? そんな事なんてある?
分からない……。考えても分からない。
でもこれで大田君だと言い切る事が出来なくなってしまったという事だけは、分かる。確固たる証拠もないし……。いや、待てよ。あの手紙はどうだろうか?
智沙子は考えれば考えるほど、食欲もなんだかなくなってしまい、サラダパスタの蓋をパタンと閉じる。
小さい頃にあげた記憶のある手紙を、私は勝手に部屋に入って見つけました、なんて言いにくい。どうしようか。
掃除しようとしたら気になって……、いや、開けた事をカミングアウトするのがそもそも嫌だ。なんだか後ろめたい。
《ちいちゃーん》
静寂の中で考えていると、突然リィの声がした。どこから? 智沙子は声のした方を見る。
「え? これ?」
声は、お風呂専用パネルからだった。どうやら通話機能があるみたいだ。
《聞こえる?》
シャワーの水音と彼の曇った声。
智沙子は通話ボタンを押す。
「あ、聞こえてる。えと、なんでしょう?」
《悪いんだけどさー、洗面所にある棚から白いボディーソープ出してくれないかな? 持って入るの忘れちゃってさあ》
はい?
《すぐ分かると思うんだけど。フランス製のやつ。銀色の札がかかってる。見てみて》
「え、自分で取りに行ったらいいじゃないですか?」
なぜ、自分に言う?
《いいじゃん、持ってきてよ》
……仕方ない。リィらしい態度だと思う。智沙子は言われたままに棚を開けて白いボディーソープを見つける。
それを手に持って、ハッと我に返った。
ここはガラス細工のバスルーム! 丸見えじゃないか!
智沙子は声にならない声を上げて、固まった。しかし幸い湯気で曇っていて、彼の姿は影っぽいものしか映っていない。
いやこれ……。ちょっとどうしよう。
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