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ザーっというシャワーの音と動く彼の影。
仕方ない。手渡ししてサッと身を引くか。
そう思い、智沙子は勇気を振り絞ってバスルームを開けようとする。とその時、勝手に開いたのだった。リィが、腰の辺りで白いタオルを巻いて、艶めかしく立っていた。洗いたての髪の毛をかきあげながら。
「あ……あ、」
声にならない智沙子。
「ちいちゃんごめん。ありがとう」
「こ、これで良かったですか?」
震えそうな手で差し出すと、彼はニコリと笑って受け取った。
「そ。これこれ。今日はこのボディーソープの気分だったんだ」
へえ。気分によって変えるんですか。素晴らしいですねぇ。いや、そうじゃない、と、智沙子の目玉は顔から首筋へと釘付けになった。
「ん? なに?」
「いえ、あの……。別に」
「やっぱり一緒に入る?」
「入りません」
思い切り閉めて、智沙子は高鳴る鼓動を抑えようと必死に息を吸った。いま、きっと彼は笑ってる。なんだかそんな気がする。とても余裕で受け取って、まるで反応を試すような態度だった。
「無い……」
智沙子は呟いた。
さっきより近くで見たけれどやはりホクロなんてない。遥輝に言われて奇跡的に確かめられる瞬間が訪れたけれども、何度見てもなかった。
じゃあ、一体なんだったんだろう?
整理できない頭をそのままに智沙子はリビングへと戻ったのだった。
******
面白いな、とリィは顔のニヤつきを堪えきれずに無言で笑った。湯気で見えなかっただろうけど、ちいちゃんの反応はいちいち面白い。何にも慣れてなくてウブな女の子だ。
ボディーソープから白い泡を出して体を洗う。少し前に除去したホクロは正解だったようだ。自分の事を思い出す要素は極力なくしていかないと。それにしても分かりやすい態度だった。首筋を食い入るように見て信じられない、といった表情は全てを物語っている。
「ちいちゃんどこまで思い出したのかな」
自分としてはずっとこのまま二人で暮らしていきたいと考えている。
邪魔者は消しながらでも。
「今日は誰と何を話したのかな……」
小さな疑惑はハッキリとした波紋が広がる前に摘み取らなければならない。
兄の寛治の件もそうだ。
関わるなと牽制したハズなのにわざわざここまで来やがって。まずはアイツをどうにかしないといけないだろうか。智沙子と一体何を喋ったのか?
リィは全身にシャワーを浴びながら落ちていく泡を見つめる。それはクルクルと無秩序の円を描きながら、排水口へと吸い込まれていった。
―――殺人はいけない。寛治の役割は重要だから命を消すわけにはいかない。
さて、どうしたもんか。
リィは湯船に浸かると、長い足を伸ばした。
「あー、今日は疲れた」
無意識に声が出た。
安田里穂に黒羽監督。岡部さんの件にあの高飛車な久宝。問題は山積みだ―――。
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