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リィと暮らし始めてから少し経つけれど、彼との関係は良好だった。
つわりの合間をぬって、マンションの中を案内してもらったりするうちに、この生活には慣れてきた。
智沙子としては訊いてみたい事があったけれど、リィのいつも嬉しそうな顔を見ていると過去の話をするのはなんとなく気が引けて、きちんと言えていない。
「ご飯はどうしようか?」
車を運転しながら訊く彼は、今日は一日休みを取ってくれている。
「……私、なにか作ろうか?」
端正な横顔を伺いながら訊くと、彼は嬉しそうに目尻を下げる。
「いや、でもちいちゃんがしんどいんだったら無理しなくていいよ」
「うん? 本当にしなくてもいい?」
「うん……。しんどいんだったら」
本当は知ってる。
彼は人が作るご飯が大好きなことを。
「ちょっと無理したら作れそうだよ?」
笑いながら言うと、彼は「じゃあ手伝う」と申し出てくれる。素直に作って欲しいと言えばいいのに、と智沙子は毎回思うのだった。
「俺、明日からちょっと撮影が詰まっててなかなか帰れないかもしれないし……。寂しいよな」
そう言われて智沙子はポカンとする。
「寂しくない?」
「あ、寂しい」
「すごい取ってつけたみたいに」
「そんな事ないけど」
つい、笑ってしまった。
彼が寂しがり屋なのも最近になり分かった事の一つだ。
「明日さ、俺の友達呼んであるんだよね。じつは」
友達? 初耳だ。誰だろう? 今までマンションに客人を呼ぶなんて事なかったから驚く。
「伊波悠太だよ。前にも話した事あったろ?」
「あぁ……。言ってたね。その彼が来るの? 結弦さんがいない間に」
「うん。心配だからさ。俺が不在の時にまた兄が来たりしたら困るだろ?」
そんな事を考えていたなんて。
「悠太は俺が今までで一番信頼してる奴だから。君にも会って欲しいって思ってたからさ。明日の朝に来て、次の日の朝に帰るよ」
「お、お泊まり?」
智沙子の声がひっくり返りそうになった。異性だよね? と問いたくなる。
「そう。でもアイツはマンションに何回か来たことあるから慣れてるし気を遣わなくていいよ」
リィはスラスラと喋りながら愛車を走らせる。智沙子としてはなんと返したら良いか分からない心境だ。
「おもてなしとかしなくていいから」
リィはそう言って笑った。
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