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リィ――彼はモデルから俳優の座にのし上がった男だった。
意思の強そうな鋭い眼差しと、まっすぐな鼻梁。しなるような身体に昭和時代の俳優を彷彿とさせるその眉目清秀さ。
最近話題になる甘可愛草食系男子とは正反対のルックスが話題になり、いまや話題が絶えることが無い。
共演した女性との噂も絶えずあるので、中嶋智沙子はいわゆる【有名人=そういう男】だと思っていた。この人は何にも不自由のない恵まれた人なんだと。
しかし、智沙子はそんな男に二日前突然誘われたのだ。
「ねえ、付き合ってる人いるの?」
智沙子が撮影に必要なネクタイを選んでいた時、背後から唐突にそう言われた。
驚いて振り向くとリィがいたのだ。いつからいたのか。音がしなかったからとても驚いた。
「い、いえ、いないです、けど」
そう答えるのがやっとだった。
だって、彼の存在感は上背があるぶん、威圧感が半端なかったから。
「じゃあさ、今度メシでも行こうよ」
「え……いや、お忙しいのにそんな、お誘いいただけるだなんて……わ、私なんて……」
変な冷や汗が出た。だって、プレイボーイに関わっておかしな噂でも流れて仕事に支障をきたしたら大変だから……この業界の御法度だ。
「そういう表面上のやり取り、めんどくさいからイイ。とにかく行けるの? 行けないの?」
畳み掛けるように、そしてあの鋭い目で見られると智沙子は息が止まった。芸能人特有のパワーの強さが脳天に突き刺さる。
「あ、はい、行きます」
焦って気がつけばそう答えていた。まさかの展開にまたもや焦る。
「じゃ、アドレス教えて」
それまでの押されるようなオーラをすっと引っ込めて、今度は急に優しくそう言われると、智沙子はまるでアンドロイドのようにスマホのアドレスを教える。そして、ハッとする。
「え、あの……っ」
固まったあとで言葉を紡ごうとした時、もうすでに彼の背中しか見えなかった。
再び智沙子は固まった。
息ができない。
どうして、私なの?
なんで?
グルグルと回り出す思考に答えは出ずに今日に至るのだ。
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