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中嶋 智沙子は専門学校を卒業後、初めて都会に出たのだった。いわゆる田舎娘。
幼少期よりオシャレ好きな母親の影響からか、色彩やデザイン、洋服に興味があり、専門学校を卒業してこの業界に入ったのだが、最初は雑用係ばかりで何もさせて貰えなかった。
けれども一年前に転機を迎える。なぜかリィの専属チームの一員となったのだ。
先輩の安達を出し抜いて抜擢されたのはなぜか? それは未だに分からない。けれども多忙すぎて大変な毎日が充実してるし、何より月給が増えた事に感謝している。
私はたまたま運に恵まれてたんだ――智沙子は嬉しかった。そして仕事をこよなく愛してる。
*****
リィは見るからに高そうな車を運転していた。助手席に無理やり座らされて、智沙子は腰がムズムズしてしまう。
「あの……毎回こんな事するんですか?」
おずおずと訊くと、リィはサングラスをかけた顔を一瞬こちらへ向ける。
「そうだよ」
「う、噂とか怖くないんですか?」
そう尋ねると、リィの口元が笑いの弧を描くのが見える。
「そんなの気にしてたら人生謳歌出来ない」
「……わ、わ、私は嫌です」
「だーいじょうぶだって! 今回の店は特別な所だから。芸能人御用達って場所」
鼻歌でも歌いながらそんな事をシラっと言ってしまう所に自分との垣根を感じざるを得ない。
「どうして私なんですか?」
「俺さ、田舎っぽい子好きなの」
「……ハッキリ言いますね」
智沙子は口をあんぐりと開けた。
「ああ。女優さんとかのお付き合いは仕事の一環だから。それと今は別」
別……? という事は、どういうこと? 期待してもいいんだろうか? いやいや、こんな人に本気になるとか有り得ない。うつつを抜かしたらいけない。下手をして仕事を失いたくない。
リィの嬉しそうな雰囲気を感じて、そっと智沙子は嘆息した。この流れ、だめだ。逃げられそうにない。今回の事もみんなが知っているんだろうか? マネージャーさんに許可を得たとか言っていたのが聞こえたから……まさか、私は餌食に!? 智沙子は心の中に暗雲が立ち込めるのを感じた。
車は暫くしてとまった。広い駐車場で智沙子は無言でおりる。
「おいで」
微笑むリィ。
「な、緊張しなくていいからさ。俺にも自由の時間が欲しいだけ。なんにも嫌がることはしないよ。ちぃちゃん」
さりげなく肩を抱こうとしたリィの腕を避けて、智沙子はギュッとバッグを胸の前で強く抱く。
「俺、警戒されてんなあ」
「……へ、変なことしたらタダじゃすまないですよ!」
「変なこと?」
諦めて先に行こうとしたリィは足を止めた。
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