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仄かな灯りの店内は、素人にも分かる高級感を醸し出している。
少し聞こえる人の話し声とお出汁の香りがいい感じに智沙子を解きほぐし始めるが……。
中では上品な和服姿の女性が案内をしてくれた。リィの顔を見るだけで会釈をし、名前や人数も聞かれることは無い。
智沙子は言われるまま靴を脱いで、いそいそと歩いてお座敷まで案内される。そこは完全個室だ。
「今日は疲れたでしょ、ちぃちゃん」
そう言われて、智沙子は美しい畳の上に敷かれたお座布団にちょこんと座る。
自然と目が泳いだ。
これは貸切部屋なのだろうか?
どうして何も聞かれずに通して貰えたのか? その理由はきっとこの目の前にいる男に理由があるに違いない。有名人ならばみんなこうなのか?
「ここの肉旨いんだよ。しゃぶしゃぶ食って疲れをとろうよ。何飲む? ビールでいい? 日本酒とか、いける?」
「は、はい……」
「緊張しなくていいからさ! ね!?」
「は、はい」
「ここのさぁ、牛タンが美味くてさぁ」
牛タン? しゃぶしゃぶなのに牛タン?
クエスチョンマークが飛び交う脳内の智沙子は、まるでロダンの考える人になってしまう。
「締めはやっぱり麺かなぁ」
ブツブツと言うリィ。
そうこうしてるうちに、早速ビールが運ばれて乾杯する事になった。
「じゃ、今日はおつかれさーーん!」
「は、はい、お疲れ様です」
カチン、と鳴った音は子気味よく智沙子の耳に入った。一口飲んでみる。
「美味しい!」
思わず大きな声が出た。
「だろ? 仕事のあとは最高だよな!」
「はい!」
クリーミーな泡がストンと喉に入っていき、何杯でも飲めそうな気になる。
その後、頼んでもいないのにお料理が運ばれてきて、いちいち目を見張る智沙子。
先付けと呼ばれるものだろうか? 可愛らしい小さなガラスの器に入った何やら高級そうな一品に目が止まる。
「ちぃちゃんてさあ、いつも大人しいよな。仕事も熱心だし文句言わないし」
「え?」
「前から仕事ぶり見て思ってたんだ。それで俺のチームに入ってくれないかなって思ったんだよ」
「そんな……私なんか……」
「謙虚だし。いいよな」
そんな風に見てもらえてるなんて知らなかった。先輩を差し置いて抜擢されたのは偶然なんかじゃない。やっぱり自分の仕事ぶりを見ていてくれる人がいたんだ。そう感じて胸中に喜びが湧き上がる。
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