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時間とともにお酒も進み、初めて牛タンのしゃぶしゃぶなるものを頂いた。なんと美味しいものか! 全くクセがなく柔らかい!
智沙子は蕩けそうになる気持ちで幸せ絶好調。リィは、そんな様子をにこやかに見ていた。
リィは、もっと怖い人なのかと思っていた。有名人だし、垣根が高いのかと。
プライドとかあって、こだわりを持っててもっとめんどくさいのかと思ってたけど、案外いい人なんじゃないか。智沙子はすっかりと気分がほぐれていた。
「ね、智沙子ちゃん、次は日本酒いこうよ。どの銘柄がいい?」
ふわりと耳に入る彼のエスコート。
「なんでもいいです。 私、意外といけるんですよ!」
「そうこなくっちゃ! じゃあ、辛口でもいいかな?」
ビールから冷えた日本酒を二人で飲んで、すっかり出来上がった智沙子だった。
高級牛に野菜を巻いていただくと、今日の疲労も取れて、気がつけば饒舌だ。
「あれ? ちぃちゃんは東京出身じゃないの?」
「違いますよー。田舎から来ました! リィさんは絶対に都会っ子でしょ?」
「……うん……俺はずっと東京しか知らない」
「そんな感じします」
ふふふ、と笑ってもう一杯。
そして気が付かぬ間に、目の前にはデザートがきている。
氷の箱に閉じ込められているかのように見えたソレは、ガラスの器に美しく入ったシャーベットだった。口に入れると柚子の爽やかな香りが広がる。
「あー! 美味しいっ!」
「だろ? 来て良かっただろ?」
「リィさんはいつもこんな贅沢してるんですか?」
「……うーん。いつもではないかな。俺はあんまり食べる事に興味無いからな」
「興味が無い?」
「そ。だって時間が勿体ないじゃん?」
そう言って リィは、はあっと嘆息した。
「いつも時間に追われて、人の目を気にしてさ。気を抜ける時がない上に……」
彼から発せられた張りのない声は、初めて聞くものだった。
「手を抜けない」
「……」
「芸能界って一瞬で切り捨てられるからな」
リィの黒い瞳が鈍く光る。
「追い風の時はみんな何も言わないだけでさ」
「リィさんは人気者ですよ」
フォローじゃなく、智沙子は本気でそう言った。
「俺が? そんなの今だけ。この世界、どうやって生き残るかが問題なんだよ」
確かにそうだ。
言われては、智沙子もぐうの音が出ない。
「あの……今日も撮影見てて思いましたけど、他の方とはオーラが違います。リィさんは絶対に生き残ります!」
キッパリそう言うと、智沙子は眉根を上げた。
「ホント? ちぃちゃんが言うならそうなのかな」
「そうですっ!」
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