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「じゃあ、信じちゃおっかなー。ちぃちゃん嘘つかなさそうだし」
「はいっ! 私は嘘つきませんよっ!」
「ははは!」
すっかり心満たされ満腹にもなり、少しトイレ行ってきます、と立ち上がった智沙子は足に力が入らないのを感じた。結構飲んでしまったのかもしれない。ふらりとする足元。
「大丈夫? ちぃちゃん」
すかさず手を伸ばすリィ。
「はいっ! ら、大丈夫です!」
それを元気に振り払った。
智沙子はクラゲのようにフワフワとしたまま障子戸を開けた。ほんわりと暖かみのある照明が廊下を照らしているのが見える。
なんとなく勘で進んで、無事トイレらしき所へとたどり着く。
トイレ……いや、こういうところは「御手洗」と書いて、みたらい、とか上品に言うんだろうか?
「ふふ」
智沙子は独りでに笑いが込み上げた。
「むふふ」
通りすがりの人が引き気味にちょっとこっちを見ている。
いやいや、
わたしは今、超絶素晴らしい時間を過ごしてるのよ。有名芸能人と二人でね。
智沙子は、心の中でリズム良く歌いながら、ご丁寧に御手洗と書かれた木製アンティークドアを開ける。ここにも和の佇まいが広がっており、どこまでいっても異空間なんだな、と智沙子は思った。中には1枚の大きな鏡とつくばいのようなものが見える。蛇口があるのは手を洗う場所なのか、と脳内再生で確認。感嘆した。
全てにおいて完璧に見える。こんな所初めて。スマホ持ってくれば良かった。
あ、そうか! 突然智沙子はトイレで座りながら閃いた。どうして異世界みたいに感じるのかが分かった!
ここ、大正時代なんだわ!
廊下を通る時に視界の端に触れた建具。
幾何学模様のガラス戸が何枚もあり、中には色ガラスがあったのだ。青や黄色、それらはとても美しく上品に空間を作っていた。さっきのドアだってそう。洋風の丸窓がついてて、なんちゅーか、レトロなんだわ、と智沙子は感心した。こりゃ、大正浪漫!
用を足すと智沙子はなんとかフラフラと歩いて、部屋まで戻った。
そして障子に手をかけた瞬間、何やら声が聞こえる。
―――今日は無理って言ってるじゃん
なんだかそんなふうに聞こえた。
なんだろ?
誰かと電話で話してるんだろうか? なんとなく入りづらくて、立ち尽くしてしまう。
―――じゃ、切るよ。会うことはないから。
低い声で一気に畳み掛けるようなセリフの後に静寂が訪れる……。どうやら会話が終わったようだ。無理とか、合わないとか、リィは誰かに誘われていたんだろうか?
そっか、有名人だから仕方ない。きっとみんなが彼を誘うのだろう。うん。
智沙子は障子を開けると、「スッキリしたー」とわざと大きな声で言ったのだった。
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